2016年7月23日土曜日

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト9

では実践編第5弾。今日も旧約聖書から。創世記3-8

et cum audissent vocem domini dei
deambulantis in paradiso ad auram post meridiem,
abscondit se adam et uxor ejus a facie domini dei
in medio ligni paradisi.

では今回は「ガチKGB訳・直訳版」から紹介。

午後の楽園を、微風を伴って散歩する主なる神の声を聞いて
アダムと彼の妻は主なる神の顔を避けて
園の中央の木の陰に隠れた。

これを意訳すればこうなる
午後の楽園をヤハウェは歩んでいた。
いつものように風を吹かせながら。
ヤハウェの声を聞いたアダムと嫁は
園の中央の木の陰に隠れた。
ヤハウェに会うのが怖かったのだ。

口語訳 
彼らは日の涼しい風の吹くころ、
園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。
そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、
園の木の間に身を隠した。


色々と違っている。私が問題視するのは
アダムが聞いたものは何だったのか?

風はなぜ吹いたのか? 
アダムが隠れた場所 この3点。

他の訳も読み比べながら、なぜガチKGB訳になるのか検証する。
とりあえずは文法的な解釈。「係」というのは「過去完了」の略。
おとといぐらいに思いついた。

「カコカンリョウ」って早口で言ったら「カカリ」っぽいからw
cum〜した時
audissent聞いた接 能 係 3
注:これウチのテキストが
間違っている
vocem声を名 女 対 単
domini主の名 男 属 単
dei神の名 男 属 単
deambulantis散歩している現在分詞 男 属 単
in〜の中を
paradiso楽園名 男 奪 単
ad?(後で考察)
auram微風名 女 対 単
post〜の後で
meridiem正午名 男 対
abscondit隠した完 3単
se自身を再帰代名詞
uxor名 女 主
ejus彼の代 男 属 単
a〜から
facie名 女 奪 単
in〜の中に
medio中央名 中 奪 単
ligni名 中 属 単
paradisi楽園の名 男 属 単

新共同訳
その日、風の吹く頃、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。
アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、

ABS
and they heard the sound of the lord god

walking in the garden in the cool of the day,
and the man and his wife hid themselves
from the presence of the lord god

among the trees of the garden.

KJV
and they heard the voice of the lord god

walking in the garden in the cool of the day:
and adam and his wife hid themselves
from the presence of the lord god

amongst the trees of the garden.

la bible de Jérusalem
ils entendirent le pas de yahvé dieu

qui se promenait dans le jardin à la brise du jour,
et l'homme et sa femme se cachèrent
devant yahvé dieu parmi les arbres du jardin.
 

みんな大好きBHS
וישמעו את קול יהוה אלהים מתהלך בגן לרוח היום
 ויתחבא האדם ואשתו מפני יהוה אלהים בתוך עץ הגן

まずアダムが聞いたものは何だったか?
ウルガタ、KJV、BHS、ガチKGBが声
口語訳、新共同訳、フランス語は足音
ABS はどっちか不明


私の家には
a hebrew and english lexicon of the old testament
というマニア本がある。これのp876に
קול
が出てくる。意味は"sound, voice" 声か音か不明。
私がよく使うオンラインの対訳版BHSではvoiceと訳してある。

私は神は足音をたてずに歩くと思う。
根拠のひとつはマルセイユタロット。

11番の、らふぉるす以降は霊的な存在だ。
だから空中浮遊をしている。
典型的なのは12番の、るぺんでゅ
木に縛られているようで実は結び目が無い。だから空中浮遊。


主の祈りでも「天にまします我らの父よ」と祈る。 
カミサマがいるのは天だ。上だ。
サタンがヤハウェと痴話喧嘩した時も
「地に落とされた」(参考:イザヤ14章 黙示録12章)
キリストが洗礼を受けた時カミサマの聖霊はどこから来た?
使徒行伝2章でカミサマの霊が降りてきた時風はどこから吹いた?
キリストが死んで蘇った後、
ヤハウェの元に帰ると言ってどっちに消えた?
全部上だ。おk?
そういや日本でもオバケには足が無い。だから足音はしない。

では声だとしたら神は何を喋っていたのか?
何かの動物と挨拶でもしていたのか?
しかし蛇は最も狡猾(創世記3-1)だと聖書に書いてある。

BHSの単語では
ערום
これ(↑) さっきの辞書に出てこない。
多分活用形を原形に戻さないといけないんだと思う。
ヘブライ語5級なもんでまだ活用を全然覚えられていない。
google翻訳したら nakedと出てくる件(笑 à poil!
これは今後の課題だ。
ウルガタではcallidior これは英語のclever

蛇は賢い。だから喋れた。というか蛇=悪魔だ。

悪魔=イルミ=右目=知性。
だから蛇が喋れるのは特例で他の動物は喋れないと思われる。
では、アダム、エヴァ、神、悪魔。
こいつら以外で喋れそうなキャラは・・・いない。

普通ひとり言なんかそうそう言わないはずだ。

知的障害児みたいに歩きながら奇声を発するとか
創価学会みたいにお題目唱えるのでなければ。
だからカミサマの声が聞こえたのは「誰かとの会話」のはず。
喋れるキャラは神、悪魔、アダム、エヴァ。
消去法で残るのは悪魔しかいないw

神と悪魔が話をする? 一体何を?
まして「やらかしちゃった」直後のこの状況下で
考えられる可能性はひとつしか無い。


楽園追放は自作自演、神と悪魔が仕掛けた罠だった疑惑。

悪:おーい、ヤハウェ、うまくいったぞ
  あいつら本当にリンゴ食いやがったww
ヤ:まじかwww グッジョブ!

  よーし、パパ、激おこぷんぷん丸だぞおwww
悪:こっちだ、こっち、あいつら隠れてやがるから
  ゴルァして楽園追放すれば、作戦大成功wwww

こんな会話が聞こえれば誰でもビビる。いや、それ以前に

ヤハウェが被造物の中に入り込んでいるのはなぜか?
ちょっと質問しただけでも神の御心は人間には理解できないと
あれだけ連呼していたではないか。
カミサマは超絶・隔絶的であり、ミラクルな高次元であり
所詮、土から作られた人間ふぜいとは根本が違うと
顔真っ赤にして叫び狂っていたではないか。
それだけ超高度なカミサマは一体何が悲しくて
被造物の中に入りこんでいるのか???
おい、土くれふぜいは相手にしないんじゃなかったのか?

ギリシア語には「愛」と訳できる単語が4つある。
アガペー、フィリア、エロス、ストルゲー。
フィリアは友情。エロスは男女の恋愛、ストルゲーは親子の愛。
聖書に出てくる「(神の)愛」とはギリシア語のアガペーだ。
そしてこのアガペーが意味するのは
「愛には値しないものを愛する愛」
(聖書ギリシア語四週間 野口誠著 いのちのことば社 p22)
 
どれだけ人間をカス扱いしてんだか?
そんなに人間を相手にするのが嫌なら、
むしろあっち行けシッシッって話なんだが? 
いや、そもそもヤハウェが天地創造をした目的は?

fate go的解釈をすれば

「ゲームに不具合が出たから神自らが参戦して中から修正中」
なのか?
それにしても、まだこの場面はエデンの園だ。ゲーム開始直後だ。
そこでもう不具合が出て中から直すしかなくなっていたのか?
それは要するに最初から壊れていましたと言うのではないか?
ヤハウェが参戦している=ヤハウェ自身も不具合を認めている。
クソゲ−乙。
クソゲーをちゃぶ台返しする口実にりんご事件を企画したのか?
元々自分が悪いだけなのに「お前のせいだ−!」とファビョ。
実にキリスト教的だ。
何も知らずにブラック企業に応募しちゃった
ダメリーマン君がアダム君か。
そしてまんまと引っかかったダメ嫁エヴァ。
はじめから破綻したものを押し付けて、
オマエが壊したんだー。オマエが悪いんだー。損害賠償だー。
というヤクザ論理。

ヤハウェはりんご事件以前から参戦・内部修正をしている。
だから破綻も破滅もりんご事件のせいではない。
物故割れていたのは元からだ。
ヤハウェはりんご事件をセブンセンシズでピキーンと察知して
急遽参戦したわけではない。
逆だ。参戦が先だ。元からヤハウェはゲーム参戦していた。

その根拠はアダムとエヴァのリアクション。
声or足音を聞いて、隠れている。
これは聞いただけで「あ、ヤハウェだ!」と気付くからに違いない。
聞いたこともない声、聞いたこともない音だったのなら
「何だろう?」と様子を見るのではないか?

それこそ、以前紹介したpuellaがアザーンを聞いた動画みたいに。
また、聞いただけで「あ、ヤハウェだ」と分かるという事は
やはり「足音」ではなく「声」と訳するのが正解だと思われる。

そして問題の微風。BHSにもルアハが出てくるから
微風というより、ただの風かもしれない。

そしてこの風の前にadという前置詞がついている。
私のテキストでは「〜において」と訳してあるが意味不明。
「風において散歩する」?
しかも同じテキストの和訳では
「午後になってそよ風が吹く頃、園の中を歩く主(以下略)」
と書いてある。
「〜において」とは「〜の頃」という時間的な意味なのか?
ウチの辞書にはそんな意味は出てこない。
ウチの辞書のadの意味の中にwith the company ofがある。
以前から私は神=風と主張している。
まして嵐の神が登場すれば風が吹くのは当然だ。
ヤハウェが現れた時はこう(↑)なるのが毎度の事だと思われる。 
だから使徒行伝ぐらい読んでおけとあれほど(2章参照) 

「風の吹く頃」と訳している聖書は全部誤訳。
まして新共同訳みたいに勝手に「その日」と決めつけるのは論外。
BHSだと
לרוח
このひと言をどう解釈するかだ。これは今後の課題。

声と風の両方が訳できている聖書はウルガタのみ。
他は全部誤訳。
薔薇十字乙!
最後はアダムの隠れた場所。ウルガタによると
in medio ligni paradisi
中央の木に隠れるのはいいとして、隠れた木が単数形だ。
一方創世記2章9節を見ると「命の木」と「善悪を知る木」の
2本が「中央の木」として出てくる。
まあ、1本か2本かというのは視点の問題なだけかもしれない。
しかし日本語で「命の木」と訳されているこの中央の木。
これはABSとKJVではtree of lifeと訳されている。
BHSだとコレ(↓)
עץ החיים
ええ、みんな大好きなアレですよ。生命の樹ですともw
このヘブライ語をコピペして画像検索してみた。
案の定、生命の樹が出る。
え・・・?中央に?神聖な木があって?
しかも3本にわかれてるようでもあり?
だけど1本の樹木?それ何ていうユグドラシル?

:生命の樹が、今のセフィロトがどーたらの形に
なったのは中世。盲人イサク(1165?〜1235)以降の事。
ちなみに彼が生まれたのはおフランス。
カバラが今の形になる上で彼の影響は特に大きかったらしい。
例えばここ(リンク)など参照。
新プラトン主義やグノーシス云々と物騒な話題の出るリンクだw
ヤコブの梯子とか、エデンの園の生命の樹とか
旧約に色々あるからと言って、今日我々の考えるカバラが
旧約時代に既に存在したと考えるのは早漏。

一応ウルガタでも2章9節には生命の樹と善悪を知る樹の
2本が出てくる。
ちなみに2章9節にはその2本とも生やしたのは
カミサマ本人と書いてあるw
おいwww食べてダメなら、
そもそもお前が生やさなければ済んだ話じゃないか!

昔、私がまだ教会通いをしていた頃、ある牧師が
(注:私は複数の教会に通ったからこういう表現になる)
「カミサマが善悪を知る木から実を取って食べるなと
言ったのはなぜか?」と私に質問してきた。
私は「アダムとエヴァに我慢する事を教えたかったから?」
と返事した。
牧師は「そうですね」云々と言っていた。

今にして思えばこの牧師ひどすぎる。
まずキリスト教視点で見てもこの牧師の回答は間違い。
正しいキリスト教的な回答とは以下のようなものを言う。

「神の御心、御業は人間ごときに知りつくす事はできない。
そういうのは思い上がった心であり、
自らを神に等しいものと考えたサタンと全く同じ心理だ。」

調べてみたらこの教会、まだ潰れずに続いている。
よし!サタン牧師の教会を焼き討ちにしろ!

今の私なら、この質問にどう答えるだろうか?

まず善悪を知る木とは、ウルガタ2章9節の表現では
lignumque scientiae boni et mali  つまり、
scientiae = science =科学=悪魔=イルミ=反キリスト。
知性否定のキリスト教だからこそスキエンツィアを禁止した。
だから盲目的に、盲従する事を神は望んだ。
それがつまり「食べるな」という命令。
とは言え、聖書には「死んではいけないから」
という理由が添えてある。
人間は最初から死ぬように作ってあるという事だ。
「死んではいけないから」が禁止の理由になるならば
アダムも死ぬのは怖かったはずだ。
自称唯一絶対の神と楽園暮らしをしているのに
死ぬのが怖いというのも不思議な話だ。
もしアダムが罪を犯さずに、寿命で楽園内で死んでいたら
一体何が起きたのか?
「あの世」とやらにでも行くのか?
そこでヤハウェではないカミサマから最後の審判でも受けるのか?
死が不可避でしかも恐怖の対象だとするなら
楽園もパラダイスも必ず破綻するのが仕様だ。
そもそも食べたらダメな善悪を知る木を生やした犯人は
ヤハウェ本人だ。
食べてダメなら、そもそも生やさなければ済む話だ。
要するに破綻も破滅も神自身が仕込んだ自作自演にすぎない。
ましてそんなもので我慢する心を教えるだの
尊い自由意志を与えてどうとか一切関係ない。
まして奴隷でしかないお前から自由意志を説教される
筋合いなど無い。
本当に楽園だったとするなら一体何を我慢する?
我慢により何かしらの矯正が必要であるのなら
天地創造が不完全であったという事だ。不完全なものは破綻する。
ましてや火種を神自らが仕込んでいるのなら確実に破綻する。
だから、先程から私は破滅は自作自演と言っている。
こんなもので原罪をデッチ上げておきながら
「救ってやる」と上から目線の
自称救い主を送り込んでくるとか、
こいつらNHKの集金屋よりも悪質だ。
そもそも罪の赦しに血が必要な理由は何か?
ヤハウェに赦す気持ちさえ本当にあるのなら
ヤハウェの胸先三寸で済む話ではないのか。
もし、ヤハウェに赦す気が本当にあるのなら
全人類が神を信じて神の子となったらどうなるのか?
ハルマゲドンも最後の審判もウソ予言、聖書はウソの本
という事になるのではないか。
聖書は真実の書だというのなら、聖書に繰り返し書いてある通り
救われない運命の人間がいるという事だ。
そしてこの、救われない運命の人間を創りだしたのも
他ならぬヤハウェだ。だから私は自作自演と言っている。
こんな状態で「自由意志を与えたから云々」とか
寝言は寝てから言え
こんなヤハウェに人を裁く資格などないし
お前のようなカス牧師に人を導く資格など無い。
その証拠にヤハウェはノアの大洪水で悪を滅ぼすと言いながら
見事に大失敗しているではないか。
お前は見事にサタンと同じ思考をしているではないか。

・・・とでも答えるだろうか?
サタン牧師の教会を焼き討ちにせよ!

最後はお約束のひとことをオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。

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