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2016年1月9日土曜日

ガチKGBの黙示録1 キリスト教はバカ専用宗教です

偏差値28の奥田愛基くんが信じるキリスト教という
カルト宗教がある。
これでも一応世界三大宗教のひとつだ。
キリスト教は日本では無駄に美化されている。
信者ではない連中まで「キリスト教はいい宗教」と
マヌケ全開の珍解釈をしている。
キリスト教は「ヤツら」のお気に入りのツールだ。
これは研究する価値がある。だから聖書も読む価値がある。
しかし読めば読むほどこんなものを読んで信者になる連中が
いかに頭がカラッポか思い知らされる。
いや、むしろキリスト教は信者に頭カラッポになれと求めている。
そこへ元々頭カラッポのバカどもがぞろぞろと群がっている。

そもそも聖書にはただのひと言も
ヤハウェが神である証拠など書いていない。
ましてヤハウェが最高で最善で全知全能で唯一絶対の神である
証拠など皆無。むしろその反対だ。
ヤハウェがアホでマヌケでカスでヤクザでデクノボーだ
という証拠なら多数ある。
それなのにナンバーワンかつオンリーワンのカミサマ以外を
信じるヤツはキチガイだと聖書には何度も書いてある。
聖書の記載を信じるのならまさにキリスト教徒がそのキチガイな件。
特大ブーメラン直撃乙。
しかもこのブーメラン直撃こそが「ありがたい」と
真顔で語りだすバカが後を絶たないのが笑える。

文句があるならヤハウェが偉大だという証拠をひとつでも出せ。

ここでキリスト教は絶対に答えを提示できない。
無いものは出せる訳が無い。終了。

万が一出したとしても絶対に二重の意味で間違っている。
ひとつは全く証拠ではないものを証拠だと勘違いしている点。
もうひとつはそもそも証拠を出すという行動自体が
キリスト教の教義に反するという点。

「あれ?証拠を出したらダメなんて聖書に書いてたっけ?」
と白々しくとぼけるキリスト教徒も多いと思う。
例えばローマ人への手紙10章10節
なぜなら、人は心に信じて義とされ、

口で告白して救われるからである。 

或いはテモテへの第二の手紙4章2節
御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、

それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、
責め、戒め、勧めなさい。

或いはマタイ伝12章37節
あなたは自分の言葉によって義とされ
自分の言葉によって罪あるものとされる

 
こういう部分から判断すると
黙っていたら負けというルールのように思える。
言わなきゃダメ。黙ってたら負け。
そう思って宣教するバカが後を絶たない。
礼拝等で証(あかし)と称してテメーの小っ恥ずかしいポエムを
語る(語らされる)信者どもが後を絶たない。

しかし根本的な問題としてキリスト教徒自身がキリスト教を
全く分かっていない。
聖書こそが唯一絶対の権威と称するキリスト教徒自身が
聖書の教えと真っ向対立しているというのは非常によくある事だ。
ウソだと思ったら次の日曜日に近所の教会に行って牧師か神父に
これから指摘するキリスト教の矛盾点を質問してこい。

キリスト教徒本人が一番アンチキリストとかこの茶番は何だ?
彼らが信じるものはキリスト教ですらない。ただのカルト。
そのあたりの矛盾点を叩き斬っていく。

神の神たる由縁は実際に能力があるかどうかにかかっている。
無能な神を信じるのはおかしいと
他ならぬ聖書が何度も何度も書いている。
例えば黙示録9章、ダニエル書5章、イザヤ書44章、まだまだある。

ところが他ならぬそのキリスト教のカミサマ自身が
一番無能で一番マヌケなのはどうするのか?
例えば、現実にヤハウェ様だかカミサマだかにお祈りをしても
何ひとついい事が起きないのをどう説明するのか?

例えば遠藤周作の「沈黙」
なぜ神は信徒の祈りに答えないのか?というテーマで
江戸時代のキリシタン迫害を描いた小説だ。 
聖書の中では随分と奇跡を起こして大暴れしたカミサマは
力尽きて死んだのか?

こういう時にキリスト教徒は「あなたの神を試みてはならない」と
言い訳を始める。
福音書でイエスとサタンが勝負した時にイエスがそう答えている。
手のひら返し乙。

祈った時に助けるから、奇跡を起こすから、だから俺は偉いと
あれだけ連呼したのは他ならぬヤハウェだ。
で、そのヤハウェくんの言う事を信じて「助けてくだちゃい」と
祈ったらアウト、お前はけしからんとなぜか批判される。

契約、契約とうるさかったのは他ならぬヤハウェだ。
そのヤハウェが一番契約不履行な件。契約不履行は解約だ。
それでこそ契約だろう?
しかしキリスト教徒はこの矛盾がありがたいと言い出す。
信者脳補正にしてもひどすぎる。 

奇跡を求めたらけしからんのなら聖書そのものがけしからん。
若しくは奇跡は求めてよかったのなら「神を試みるな」と
言ってるイエスキリスト本人がアンチキリスト。
どっちに転んでもキリスト教終了。

私の好きな聖書の一節に列王紀上18章がある。
エリヤがバアル神の預言者450人を呼び集めて
どっちの神が祈りを聞き入れてくれるか勝負する場面だ。
まずは18章22節。

エリヤは民に言った、「私はただひとり残った主の預言者です。

早速笑わせてくれる。バアルの預言者は450人。
ヤハウェの預言者はエリヤ1人。
バアル教が大流行しているではないか。
やはり古代イスラエルの宗教はバアル教だ。

キリスト教徒どもは「いや、本来はヤハウェを信じていた。
堕落して邪宗に走っただけ。元々はユダヤ教だった」と
言い訳を始めるだろう。
バカはもう一度聖書を読み直せ。
聖書を読み直すとあまりにもバアルに堕落しすぎ、走りすぎだ。
どう見ても一時的な脱線ではない。むしろバアルこそ本流・正統。

例えば出エジプトでシナイ山で十戒を受け取る時
イスラエルの民が黄金の牛を拝んだのはその証拠。
まさに現在進行形で奇跡をカミサマとやらが起こしているのに
他の邪宗に走るアホウはいない。
ヤハウェくんは牛くんだからこそ牛を拝んだ。
しかしここでまさかのヤハウェ&モーセ、激おこぷんぷん丸。
このマジギレを根拠に「牛の像を拝んだのは邪宗に走っただけ」
というのがキリスト教の見解。
しかしモーセ自身、山から降りてきた時頭に牛の角が生えていた。
牛くんが牛くんを否定してどうする? 
「ファビョは図星の法則」発動。
「宇多田ぴカルとかいう、こうさくいんの話3」参照。

「元々ヤハウェを信じていた」というのは
ありもしない「元々」を捏造している。経歴詐称。歴史の捏造。
その意味で「◯◯は韓国が起源ニダ」と主張するバ韓国と同じ。
優秀な人を見るとすぐに「◯◯は在日ニダ」と言い出す
在日朝鮮人と同じ。
参考→リンク 【衝撃の真実】在日認定されしまった『スポーツ選手達』(これはひどい)

ここによるとデービッド=ベッカムもカール=ルイスも
在日朝鮮人らしい。
「あの人も俺も在日朝鮮人。だからあの人同様、俺もスゴイ」
と言いたいらしい。
・・・まずベッカムもルイスも「在日」してない件。
イギリスもアメリカも日本領だったのか?
あ、ベッカムはレアル時代も長かったからスペインも日本領か?
ちなみに安倍晋三が在日なのは本当。そこは間違えないように。
ご都合主義で歴史捏造は朝鮮とキリスト教の得意技。
後出しジャンケンでドヤ顔するのはヤツらの常套手段だ。

ウリナラファンタジーの分際で由緒正しいバアル様に喧嘩を売った
列王記のエリヤの勝負の行方を見てみよう。
エリヤはどっちの神が本物か勝負しようとけしかける。
牛の捧げものを神が受け取るかどうかという勝負だ。
ここで大事なのはバアル教側から仕掛けられたのではないという事。
エリヤ側から仕掛けている。
聖書を読むとカミサマの命令を受けてすらいない。
完全にエリヤの暴走。
明らかに「神を試みるな」というルールを破っている。
たった1人のヤハウェの預言者様自らが
ヤハウェのルールを破ってどうする? 
「神を試みてはならない」のではなかったのか?ブーメラン乙。
自分で妄想まみれのルールを決めておきながら自分で忘れて違反か。
頭が悪すぎる。偏差値28乙。
自称最後の1人のエリヤがこんなザマでは、正統なヤハウェの教えを
受け継ぐものはひとりもいなくなったという事か?
まあ、元々正統な教えなんて始めから存在しなかったんだけどな!

さて、その勝負だがバアル教の預言者がどれだけ必死に
何時間祈ろうが奇跡は何ひとつ起きないという所から始まる。
(ちょうど今のキリスト教徒ソックリで笑える)
エリヤは調子にのってバアル教バッシングを始める。

昼になってエリヤは彼らを嘲って言った、
「彼は神だから、大声をあげて呼びなさい。彼は考えにふけっているのか、
よそへ行ったのか、旅に出たのか、
または眠っていて起されなければならないのか。」
(中略)
夕の供え物をささげる時になって、預言者エリヤは近寄って言った、
「アブラハム、イサク、ヤコブの神、主よ、イスラエルでは、
あなたが神であること、私があなたの下僕であって、
あなたの言葉に従ってこの全ての事を行ったことを、
今日知らせてください。主よ、私に答えてください、
私に答えてください。主よ、この民にあなたが神であること、
またあなたが彼らの心を翻されたのであることを知らせてください」。
そのとき主の火が下って燔祭と、薪と、石と、塵とを焼きつくし、

また溝の水をなめつくした。
民は皆見て、ひれ伏して言った、「主が神である。主が神である」。

つまりここで分かるのは
聖書が本当であるなら→祈っても答えられないヤハウェはカス
聖書がウソであるなら→ヤハウェはカス
結論→ヤハウェはカス おk? 

文句のあるやつは今すぐヤハウェでもマリア様でも何でもいいから
祈ってみやがれ で、炎を天から呼び寄せてみやがれ。
キリスト教批判をする、けしからんknznymmmyを
焼いてくだちゃいって祈ってみろ。
できねえよな(笑) 能なしザマァ。
カルトの信者同士で傷の舐め合いでもしておけカス

聖書が求めているのはYESマン デクノボー
根拠のひとつも求めない盲信者。
いや、それどころか、不都合な事実を無視する
カルト脳を要求している。
だからこそ左右両建ての構造の説明で私は「カルト」と書く。
左=青=英米=ロックフェラー=信仰=クリスチャンカルト
右=赤=独仏=ロスチャイルド=知性=イルミ

知性や科学の反対がキリスト教だ。
反知性、反理性の盲目カルトこそがキリスト教だ。
だから私は証拠を求めた時に聖書を引用するのは
キリスト教徒としておかしいと書いた。
それは左目サイドのキリスト教徒には無理な話だ。
「なぜだろう?」「これはどういう事だろう?」と考えるのは
右目側のイルミちゃんがやる事。
左目側は頭をカラッポにしてアーメン、アーメンだけ言っている
盲信者でなくてはならない。

だからこそキリスト教を批判されて
ムキになって聖書を引用するような信者はレベルが低い。
低すぎる。カス以下。
まして聖書以外の証拠を持ち出すようでは論外。完全にアウト。

さて、その唯一絶対の証拠たるべき聖書にはこう書いてある。
「汝ら静まりて我の神たるを知れ」(詩篇46篇)
まさか知らないとは言わせない。
詩篇46篇と言えば超有名どころだ。
これがどういう意味なのか?バカの頭では永久に理解できない。 
「黙れ!」と言って暴力的に教義を押し付ける。
信者はそれを鵜呑みにする。それがキリスト教の正解だ。
白いものでも黒だと言われたら黒になってしまう世界だ。
だからこそ調子に乗ってマリアはおセックスしていませんだの
何だの妄想が止まらなくなっているではないか。
私はキリスト教関係の機関紙で
「証拠を求めるとそれは神を知る事にはなっても 
信じる事にはならない。
だから証拠ナシで信じる事にこそ意味がある。それでこそ信仰だ」
と堂々と主張しているのを読んだ事がある。
私の記憶が間違っていなければ「らみい」と称する
いのちのことば社の出す新聞だ。

バカにこの意味が分かるか?
まず、知る事と信じる事が別であると主張している。それはいい。
ならば「信じたまま証拠を求めて更に知ろうとする」
そういう発想は無いのか?
信仰と知は別であるのなら、知を求めても、証拠を求めても、
信仰には影響は無いはずだ。それでこそ「別」だ。
それなのにまるで知と信仰が反比例するかの如く
ヒステリックに頭ごなしの否定をするのはなぜか?
知る事、検証する事はアンチだけに許された特権か?
アホぬかせ。信じているから更に深く知ろうとする。
そんなもの常識じゃないか。 

知と信仰は「別」と称しつつ勝手に反比例する前提で
喋るヤツはバカかウソつきだ。いや、両方か(笑)
バカは自分の矛盾点にすら気付かない。
単に左右両建ての構造が見えていないメクラなだけだ。 
だから私は左右両建てのチームの説明で左目チームの事を
「基督教原理主義」「クリスチャンカルト」と言う。 

「なぜだろう?」「これは何だろう?」と理屈を考えるのは
キリスト教的な発想とは逆だ。
それは知性主義=右目チーム=イルミちゃん=反キリストだ。
左目チーム=キリスト教原理主義は理由・証拠を求めたら終わり。
考えたら終わり。頭をカラッポにするのが正解。バカ御用達仕様だ。
「見ないで信じるものは幸いである」(ヨハネ伝20章)の世界。
証拠を求めたら批判される世界だ。鵜呑み・盲信の世界。
だから私はムキになって聖書を引用するヤツはカス以下と書いた。
左目チームの分際でノコノコと右目側に出てくる時点で
お前はキリスト教が全く分かっていない。
魚がチーターと競争する時に陸上に上がってどうする?
勝負以前の問題だ。ヨーイドンすら必要ない。上がった時点で終了。 

(参考:マグロが時速80キロで泳ぐというのは都市伝説。
実際には最高時速でも18キロ程度らしい。ただし、マグロさんに
「あなた今全力で泳いでますか?実は余裕あるんですか?」
と聞けないのでガチの最高速かどうかは不明。
ただ、余裕があったとしても80は無理らしい→リンク)

では、信者同士ならば「汝ら静まりて我の神たるを知れ」が
通用するから証明も証拠も不要だとしよう。
信者同士なら「むしろ証拠が無いからありがたい」という
カルト思考が許されると仮定する。 

しかし信者以外から証拠を出せと言われたらどうするのが正解か?
証拠を出したら出したでknznymmmyに批判されるのなら
証拠も出せなくなるではないか。一体どうするのが正解か?

バカどもに正解を教えてやろう。答えは簡単。
カミサマにお祈りしなさい。
貴様らカスのお祈りごとき、私に通用するとは思えないけどな(笑)
 
・・・それじゃ議論・口論したらボロ負けしそうですけど?
はい、ボロ負けしなさい。
「右の頬を打たれれば左の頬を向けなさい」という
名台詞を知らないのですか?
聖書にこう書いてあるのにムキになって反論を出してくる時点でカス。
しかもその反論が北朝鮮のマンセーマンセーと大同小異な時点で
二重にカス。
だから反論や証拠など出してくる信者はカスの中のカス。
こういう連中は、キリスト教の事が何ひとつ分かっていない。 

とりあえず今回はここまで。
最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。

2015年11月4日水曜日

皇族や桜に潜む日本のイカサマ疑似伝統1

YOUの考える日本は日本じゃない m9( ゚д゚)ビシッ!!

今回のブログ記事には元ネタがある。→リンク 
日本の《疑似伝統》 阿満利麿という人が1991年3月に書いたようだ。

今回はこのPDFの内容をダイジェストで紹介する。
更に私が加筆補足する。
そして、一般に「日本の伝統」と考えられているものは
明治以降に捏造されたものでしかないという点を説明したい。

例えば皇室行事も明治以降に新設されたものが多い。
皇居の宮中三殿=賢所、皇霊殿、神殿。天皇の伊勢神宮参拝。
これらはすべて明治以降の話である。
天皇の親祭する13の祭典のうち11は明治以降に「新設」された。
皇族が儀式で着る服も江戸時代までは唐服だった。
今皇族がもっともらしいツラして着てる服は明治以降に着始めたもの。
それが平安時代のデザインを踏襲していようが何だろうが
明治になって大慌てでデッチ上げたイカサマ伝統文化だという事に
変わりはない。
日本初の神前結婚式は1900年の皇太子の結婚式。
ちなみに元ネタはキリスト教。 

そもそも神社は結婚式を取り扱うような場所ではなかった。
いや、それ以前に日本文化は仏教の影響が余りにも大きい。
神道なんぞ完全に、いらん子扱いでしかなかった。

例えばNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」でも26話で
「恵林寺の快川和尚は帝に仏法をお教えする国師にございます」
という明智光秀の台詞が出てきた。
参考→快川紹喜wiki  国師wiki

ネット検索等をしていると「天皇陛下は神道の最高位の祭司」等と
よくわからない妄想を語っている人がいる→リンク
或いは「世界最強の天皇陛下」という、滑りギャグとしか思えない
NAVERまとめもある→リンク

常識で考えてみたらいい。
その「最強で最高位」な歴代天皇の墓はどこにあるのか?
(古墳ではない 寺だ!)
その「最強で最高位」クンが坊主から仏教を教わるのはなぜなのか?
明らかに天皇よりも坊主の方が格上じゃないか。

別の喩えにしてみようか?
ローマ法皇が毎週参禅したらどうだろうか?
ローマ法皇が○○寺の住職から仏法を教わっていたら?
比叡山だかどこかに歴代ローマ法皇の墓があったら?
法皇が枢機卿でもひきつれて毎年お盆に墓参りでもしてたら?
バチカンやキリスト教の権威は失墜、ガタ落ちだろう。

天皇家も神道も本来はその程度の底辺の存在でしかなかった。
その失墜したはずの天皇が、現人神だの日本の象徴だの
痛い事を言い出すのは明治以降。

また、日ユ同祖論ともつながる話題だが、
天皇家の家紋が菊花紋というのも明治以降の話だ。
「十六八重表菊」が公式に皇室の紋とされたのは、
1869年(明治2年)8月25日の太政官布告第802号による」
(wikiより) やはり明治時代ですり替わっている。
江戸時代までの天皇家の家紋と言えば五七桐紋。

注:菊紋の存在を否定する訳ではない。
存在はしたが桐紋よりもマイナーだったと書いている。
「表紋」「裏紋」「替紋」「女紋」という言葉の意味を調べたらいい。
桐紋、菊紋の話題はちょっと長くなるので別記事にしてupする。 
とりあえずは「日本=天皇=菊紋」「桐=秀吉」
このマヌケな固定観念を捨てろと言いたい。

明治以降と言えば「桜」の文化も捏造されている。
ネトウヨ系のツイッターアカウントやブログでも
必要以上に桜を前面に出しているものが多い。
だが、あんなものは精神病の発作程度に考えておけばいい。

「花は桜木 人は武士」とは江戸時代からよく言われた言葉だった。
しかしこれは「桜ってキレイだね」程度の意味でしかなかった。
べつに桜が日本の心を象徴等とは誰も言っていなかった。

その証拠のひとつとして「桜」は家紋としてはマイナーである。
有名な大名で桜を家紋に採用したのはせいぜい細川氏ぐらい。
(細川護煕の先祖)
 しかも「替え紋」の「細川桜」(↑)でしかなかった。
 細川の家紋と言えば「細川九曜」(↑)が基本。
(注:昔の大名は家紋を複数持っているのが常識)
「細川桜」については 

武家の中では珍しかったことから、
細川管領家の「物好きの御紋」と伝えられている。
武士は桜の散り際の潔さを愛でながらも敬遠したようで、
武家で「桜紋」を使用する家は多くない。
→ソース 

こういう話も伝わっている。悪趣味とまでは言わないまでも、
微妙に変態扱いされているのが桜の家紋だ。
これが日本文化の象徴なのか?おかしいじゃないか。

それが何をどうこじらせたのか
「桜が散るのは美しい」だの「潔く散るのは日本人の美意識」だの
言いだしたのは幕末の混乱期の話だ。
この辺りは桜オタクの本居宣長の影響も大きい。
例えば「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」

ところで本居宣長、平田篤胤と言えば、
師匠も「こいつらバテレンだから要注意」と言っている→リンク

そもそも「桜=散る」というイメージは、明治時代に
基地外のように日本全国にソメイヨシノを植樹したせいで定着した。
これは、それ以前の山桜より、ソメイヨシノは散りやすいからだ。
同じ明治時代には、本来武家が敬遠したはずの桜が
帝国陸軍の記章になった。
「桜のように散れ=死ね」だの何だのアホ満開な事を真顔で語りだす
バカがのさばった時代でもある。

「桜=キレイ」       ←江戸時代
「桜=散る=キレイ」    ←明治時代
「桜=散る=死ぬ=キレイ」 ←大日本帝国軍

「平民は死ね!俺はお前らを踏み台にして生きるけどな!」
(ヤツらの本音)

そもそも明治時代・・・。「明」はイルミちゃんではないのか?
illuminati → illuminate イルミネーションのイルミだ。
そりゃ、日本文化もおかしくなるはずだ。

「花見」にしても、本来は田植えのシーズンを判断するために
「花を見る」という意味であった。
つぼみを見て、「あー、そろそろ準備しなきゃなー」とか
花の咲き具合を見て「おっ、今年は豊作かもしれないぞ」とか
そういう意味で「花を見ていた」。

それが今のような宴会、飲み会としての花見になったのは
これは朝鮮人メンタリティの影響ではないのか?

日本は「言の葉挙げぬ国」「以心伝心」の国のはずだ。
一方、朝鮮人は静かなのが嫌いだ。
何でも無駄に騒がないと気がすまない。

例えばパチンコ。朝鮮産業として有名だが耳が悪くなりそうな程うるさい。
他にもカラオケだって朝鮮産業だ。
歌広場、ジャンボカラオケ広場等、在日企業が多い。
カラオケ発祥の地も神戸(関西は在日が多い)→リンク

神戸と言えば「ヤツら」が日本を侵略する拠点のひとつでもある。
叩けば叩くほどホコリが出てくるのでこれは別記事にして公開する。  

朝鮮文化の話に戻れば、極真空手。
創始者の大山倍達は自他ともに認める朝鮮人。
なぜ極真では必要以上に「気合」と称して大声を出す事を強要するのか? 
そもそも空手は明治時代に琉球から本土に伝わっただけで
日本武道ではない。

(最近は東京オリンピックへの参加を狙って
寸止め系がカネや利権欲しさに必死のプロパガンダを流している。
それはそれで痛々しい) 

大山倍達は自分が朝鮮人であるコンプレックスを隠したいのか
「日本武道、日本武道」とうるさかった。
世界大会では「日本が負けたら腹を切る」とまで大見得切った。
しかしその裏では八百長工作という卑怯な手を使った。

例えば「二代目総裁間違い無し」とすら言われた
中村忠会長はなぜ極真をやめたのか、著書を読めばいい。
世界大会での八百長問題が大きい。

中村会長が辞めた後も極真の八百長体質は続く。
例えば第四回世界大会決勝の松井章圭対マイケル=トンプソン戦。
一体、ルールのどこに何と書いてあるから
あそこまで延長戦を繰り返したのか?
アレはルール通りに体重判定に持ち込むと松井章圭が負けるからだ。
日本が優勝するためなら審判団自らルール違反を繰り返しただけの話。
その松井章圭だって在日韓国人で本名文章圭。
日本の王座を死守だの空手母国だの茶番だ。
空手は琉球発祥だとあれほど言ったではないか。

大山倍達は宮本武蔵信者なのも痛い。
そもそも宮本武蔵は剣豪ではない。
(最近は板垣恵介が刃牙道で宮本武蔵やっていて
しかも板垣は高岡英夫臭くて更に痛いがw)
あれは昭和に吉川英二が朝日新聞で連載した小説が原因。
吉川の小説がバカ受けしたせいで宮本武蔵=剣豪という
イメージが蔓延しただけの事。
元々、剣豪と言えば塚原卜伝だった。
剣の名人は「今卜伝」と呼ぶのが正しい。

或いは、朝鮮(を含む外国)の葬式では
「泣き女」とか「泣き屋」と呼ばれる人が来る。
そして、わざとらしく泣き叫ぶ。勿論おカネを貰っての話だ。
 日本人の感覚では
「本当に悲しくて泣くのならともかく、カネを払ってウソ泣きをさせる
なんてみっともない」と思うはずだ。
これも無駄に騒がないと気がすまない、うるさいのが好きな朝鮮文化。 

そういえば民主主義がどうとか絶対に止めるとか
心にもないウソを語ったバカもいた。
国会前デモという名目のチンドン屋ごっこを主催したバカだ。
しーるずの奥田じーざすとかいう男だ。あいつも朝鮮人。

或いは最近急に流行が捏造されているのはハロウィン。
渋谷で騒動だの何だのニュースやツイッターで見た人も多いはずだ。
このハロウィンも在日企業の電通がしかけている→リンク

同じ在日企業仲間の、博報堂行動デザイン研究所が
「東京+アセアン5都市の生活行動比較調査」
というものをwebに公開している。→リンク

その調査結果によると

日本人は欧米由来の行事イベントの参加率がアセアン5都市を上回る。
「クリスマス(68.2%)」「ハロウィン(14.8%)」

日本人の欧米由来の行事イベント参加は、女性(特に20代)が牽引。
特にハロウィンは、20代女性の約4割が参加。

日本人は「家族での集まり」よりも「ケーキやお菓子」「ギフト」

といった物質的行動が優先される。
一方、アセアンは、「家族」優先。

・・・だそうだ。
元々ドルイドの祭りな時点で、ボスのイルミちゃんもホクホクだろう。
若い女を狙うところが意地汚い。
女に相手にしてほしい一心で男も釣られるし、
ババアも若い女と違うことをすると
すぐにトシの事を言われるのが怖いから、流行を追うのに必死だ。 

イルミは若い女を狙う これはひとつのポイント。
創世記のエデンの園でも蛇が誘惑したのは女だ。非常に象徴的。

そうやって日本文化を潰していった結果
今回の記事で書いてきたように「日本文化」と思われるものは
どれもこれもデッチアゲで捏造で偽文化でしかなくなっている。
天皇、菊紋、神道、神前結婚、桜、花見、極真空手、
宮本武蔵、刃牙道、ハロウィン・・・。

何もこれだけで済む話ではない。
猫2号ブログを見れば日本文化がいかに「ヤツら」によって
デタラメまみれにされてきたのか
例えば「初詣」は捏造文化だと解説する記事がある。→リンク

勿論初詣だけで済む話ではない。日本史だって捏造まみれだ。
そのあたりの事情も猫2号ブログには解説があるので
一度は読んでおかないと恥をかく。

では、捏造文化、偽文化が横行しているとして、
逆に日本文化の本質とは何か。

私は日本文化の中心は正座ではないのか?と思う。
そう思う理由はまた追々。
ただ、今現在、正座なんか日本人は嫌がるはずだ。
ただの罰ゲーム程度にしか考えていないだろう。
その意味では、あなただってもはや日本人ではない。
YOUの考える日本は日本じゃない m9( ゚д゚)ビシッ!!
何?私?私はガチレズでガチKGBだ。

おまけ。冒頭のPDFの中にこういう一文が出てくる。

明治天皇は国民を「赤子」と呼び
自らを「慈父」にたとえた。

これはキリスト教的な解釈ができる。
例えば、「神=父」というのは聖書の基本的な比喩である。

「父御子御霊」とか「アバ父よ」とかいくらでも出てくる。
「主の祈り」だって「天にまします我らの父よ」で始まるではないか。

赤子とは、例えば マタイ伝18章3節。
「幼な子のようにならなければ、天国に入る事はできない」 

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」

みかん いや、未完 

2015年10月30日金曜日

【ネタバレ注意】まどマギ裏読み入門3


【ネタバレ注意】まどマギ裏読み入門3【ネタバレ注意】

皆大好き、まどマギ劇場版第3作、[新編] 叛逆の物語の続き。

べべを問い詰めるほむらの足元に突然マミのリボンが出現。
時間停止しているのになぜマミは動けるのか?
ぐぐってるとこういうブログを見つけた→リンク 


公式ガイドブックその他色々読んでる人による考察。
あー、私は公式ガイドブックとか全然何も読んでいない。
魔女の名前とかもここのブログで初めて知った。


ここの説明によるとリボンがつながっていると
時間停止の影響を受けないらしい。
確かに魔女さやかから逃げる時ほむらが杏子に手をつなげと言った。
手だけではなくリボンでのつながりも有効らしい。

そういう視点で見ると、確かにほむら対マミ戦にこういう描写があった。
ほむらが自殺する時に銃弾が当たってリボンが切れた途端
時間停止が有効になる。

それなら、このマミが追跡してきたのは、
いつからリボンを仕込んであったのか?
先程のブログに指摘があった。紅茶のおかわりの時だ。
しむらー! うしろうしろー!
ほむらの後ろをマミが通る時、画面右下あたりにリボンが落ちる。
つまり、ほむらが腹に一物なら、マミだって同じだったという事。
ほむら自殺のシーン。四次元ポケットは左手なので
当然右手で銃を出す。そのまま撃てば頭の右側に当たるのを
わざわざ(=意図的)左手に持ち替えて左手で自殺。
一応ほむらは右利き。
例えばマミハウスでのお茶会でもカップを右手で持っていた。
数学の授業で当てられて答えられなくてプルプルしていた時もペンは右手。
わざわざ左手で撃ったせいで、ほむらは左目側を被弾。
前回の記事で書いた通り

右目=赤チーム=ロスチャイルド=独仏=悪魔=ほむら
左目=青チーム=ロックフェラー=英米=基督=まどか

こういう構図なので左目を撃つというのはまさに神の否定=叛逆。
短絡的な考えで解釈するなら
悪魔=あかんやで キリスト=ええんやで ・・・となるのだろう。
しかしそれはあくまでもキリスト教目線での呼び名を
便宜上使っただけ。実態がどうなのかとは別。
「自称」みたいなもの。ホイホイ信じたら足元をすくわれる。
ギレンは演説で「敢えて言おう、カスであると!」と言った。
しかし連邦が本当にカスかどうかとは別。
むしろそのカスにやられちゃった君たちは何なのかな?という話。

悪事を追求された時の定番の言い訳として
政治家が「秘書がやった事です」とシラを切るのと似ている。
(これって英語ではplausible deniabilityと言う。
日本語にはピッタリな単語が無い。
あえて訳するなら「知りませんでしたと言い逃れする余地」)
スケープゴートを用意しているだけの事。
その秘書クンとやらも大変だな。
議員クンのキャリアを守るための捨て駒として悪役を押し付けられて。

もしかしたら汚名を着せられる代わりに退職金1億円ぐらいもらって
一生働かなくてもどうにかなるのかもしれない。
ひょっとしたらまだ議席=利権にしがみついて
悪事を続行する気満々の議員クンよりも
汚名をかぶって表舞台から消える秘書クンの方が
「いいヒト」かもしれないじゃないか。
「これからはもうリスクをおかす訳にはいかない、
現状の小さな幸せを守らないといけない」と考えているかもしれない。
コツコツ堅実に縁の下の力持ち的に生きているかもしれない。
主夫でもして近所の子供から慕われていたらどうする? 

その意味ではマルだと思ったものがバツかもしれない。
バツだと思ったものがマルかもしれない。
両方バツかもしれないし、両方マルかもしれない。
以前も「バアル=ヤハウェじゃないのか?」 と書いた。
そもそも「ルシファー」だって元々は誤訳だw
いわば、神の中に悪魔があり、悪魔の中に神がある。
ロスチャイルド=右目=赤チーム=独仏
ロックフェラー=左目=青チーム=英米
この構図にしてもそうだ。ダメリカが1人残らず青チームな訳ではない。
大分類として青チームなだけだ。当然中分類、小分類がある。
例えば米民主党は赤チーム=青の中の赤。
米共和党は青チーム =青の中の青。
十把一絡げな短絡思考だと簡単に間違える。
ここで師匠の名言を紹介しておく。→リンク

ダイオキシンもだが、PM2.5も『総称』である。 
論理的、科学的アプローチというものは常に
『分離→特定』のプロセスを経て比較し
結論を出さなければならない。 
慶尚道系の在日右翼はCIAの指令の元に韓国政権統一教会と連動し
危険であるという情報と、ただ在日は危険だは別物であるように。 

だから神という大分類の中にサタンという中分類がある。
神が自分を正当化するために悪を集めて切り捨てた
(という芝居をする)なら=スケープゴートにするなら、
それがサタン。ある意味一人二役。
では、悪魔が自分の中の神を集めて切り捨てるなら?
例えば、悪魔(ほむら)が自分の中のキリスト(左目)を撃ち殺せば?
それがこの左目側を撃つ場面。

そういう視点で見ると要所要所で
この左右対立の構造をキッチリ守って作画されている事に気付く。
自分が魔女であると確信を持った時のほむらの叫び
 「いつの間に私は魔女になってたの!?」
はい、右目乙。しかも背景真っ赤乙。
キュウべえすらいじめ出す悪魔全開のほむら。
「悪魔とでも呼ぶしかないんじゃないかしら?」と開き直る。
ここもカメラは右目へズームイン。右目=悪魔乙。
終盤。現実世界(?)へ戻ってさやかと口論になるほむら。
そこへ子供たちが現れてトマトを投げつける。
またもや左目側にヒット。右目=悪魔の目は健在。
左目=キリストが、赤=悪魔に侵食される。
先程のブログにも書いてあったが、ほむらを示す花が彼岸花=赤。
自分が魔女だと自覚した時も地面に彼岸花が咲き乱れて真っ赤。
勿論、花言葉云々も無関係だとは言わない。
しかし赤チームに赤い花(彼岸花)がふさわしいのは常識だろう。
しかも、ほむらが魔女になった時の名前は「ホムリリィ」らしい。
リリィと聞いてピンと来なくてはいけない。
リリィ→リリー(lily)→フルールドリス(fleur de lis)
ちなみにフランス王家の象徴。はい、独仏=右目=赤チーム乙! 
そういえば、これはコードギアスのアシュフォード学園のロゴとも似ている。
ギアスにもマリアンヌが出てきた。マリアンヌと言えば
フランス大使館のアイコンにもなっているこのキャラ。
名前がマリアンヌである。ギアスもギアスで色々面白いのでまた追々。

そういえば第3作で登場した「円環の理」だが
マークが太陽っぽい。そして魔女文字は
"das ewig weibliche" = "the eternal feminine"
(「ファウスト」の最後の一節)
先程のロックフェラー対ロスチャイルドの構図では
省略しているが
ほむら=悪魔=右目=赤=太陽信仰
まどか=基督=左目=青=北極星信仰
でもある 。こんなものはまだまだ序の口。
師匠ブログには更にその先が書いてあるのでどうぞ。

冒頭のブログの説明によると
地獄に落ちるはずだったファウストの魂のために聖母に祈りを捧げ
ファウストの魂の救済を成立させたのは恋人グレートヒェン。
まどかの魔女名は「クリームヒルト・グレートヒェン」
つまりまどかによる救済=円環の理。

まどマギ劇場版第2作のエンドロールで長い魔女文字が出るが、そこで
「いつかえいえんのそのきぼうがわたしたちをむかえにくるのです」
と書いてある。これも元ネタはファウストの最後。
「永遠に女性的なるものがわれらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく」

ファウストにはワルプルギスの夜も出てくる。

ゲーテもフリメちゃんと言われる。
ファウストもまどマギの元ネタのひとつではあるようだ。
例えばこれはアレクサンドロス大王のマケドニア王国の国旗。
通称「ヴェルギナの太陽」 ほら、やっぱりこの形は太陽。
現代のマケドニア共和国の国旗もやはりヴェルギナの太陽。
そして安定の赤(但しこのデザインは1995年まで)
太陽=右目=悪魔なので第3作で出るのがふさわしい 。
第1、第2作はまどか=キリストの物語だ。そんな所に悪魔のシンボルは出せない。
ついでにアレクサンドロス大王の有名なモザイク画。右目乙
ついでに。まどマギ劇場版2作目より。
ほむらが2回目の時間遡行をした結末の場面。
倒れてる位置関係に注目。
ほむら=右=悪魔 まどか=左=キリスト。
ほら、やはり重要なシーンではポジション取りがキッチリしている。
ついでにエヴァ新劇場版Q。
シンジ=神児が左。カヲル=悪魔が右。
天空の城ラピュタ。男=悪魔が右。女=キリストが左。
え?男って悪魔なの?とか言うようではまだまだ甘い。
「悪魔=悪い キリスト=善い」
↑こんなバカ丸出しな考え方では何ひとつ理解はできない。
「悪」がお気に召さないのなら「知性」と言い換えてもいい。
ついでにバロックボヘミアンキャッツタロットの15番。悪魔。
やはり男=右=赤=知性=悪魔 女=左=青=信仰=キリスト
こう考えれば「悪魔が女が好き」な理由もよく分かる。
悪魔=男 よって「男は女が好き」という単純極まりない話だ。

このへんは調べればいくらでも出てくる。
例えば聖母マリアのテーマカラーが青なのは知らないだろうか?
キリスト教美術の世界では有名だ。参考リンク
>聖母マリアの青 絵画のアトリビュート
>聖母マリアに限らず、聖書やキリスト教に関連する
>宗教画・絵画には、約束事として、
>特定の聖人や登場人物に密接に結びつけられた
>持ち物や小道具、背景や添え物が描かれる。
>これをアトリビュート(attribute)という。持物とも呼ばれる。
>聖母マリアのアトリビュートとしては、
>天の真実を意味する青色のマント(ヴェール)、
>純潔の象徴としての白百合(おしべのないユリの花)、
>神の慈愛を表す赤色の衣服が代表例として挙げられ、
>聖母マリアの象徴として数多くの西洋画に描かれている。

ん?青も赤も両方マリアの属性?一体どっちが・・・?と思ったら
このザマですよ。ジョヴァンニ=バッティスタ=サルヴィ。
青が上着。赤は中に着込んでいるだけ。
マリアのキャラ属性は青だ。
お気に召さないならもう少し実例を挙げようか?
ほれ。シュテファン=ロッホナー。
ほれ。カルロ=ドルチ。
ほれ。カルロ=ドルチ。
ほれ。ロレンツォ=ロット。
ほれ。カルロ=クリヴェッリ。ご満足かな?

男=赤=知性。 女=青=信仰。
「外が青で内が赤」というのは考えようによっては
母体=外側が、男の胎児=内側を宿すシンボルにも見える。

この延長上で考えると「暁美ほむら」という名前が
実は「ルシファー」そのものだと気付く。
「ほむら」を漢字変換すると「炎・焔」が出る。
「暁の美しい焔」と言えば? ルシファー乙!

冒頭のブログの作者は「 ルシファーはモチーフではなく偶然の一致」
と書いている。しかし、これはあのブログの作者が間違えている。
少し旧約聖書から引用する。
ルシファーガー、サタンガーと言うのなら最低限これぐらいは
知っていないと話にならない。

黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。
もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。
あなたはさきに心のうちに言った、

『わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、
北の果なる集会の山に座し、雲のいただきにのぼり、
いと高き者のようになろう』。
しかしあなたは陰府に落され、穴の奥底に入れられる。

(イザヤ書14章12節〜15節)

だから聖書ぐらい読めとあれほど言ったじゃないか。
先程のまどかとほむらが倒れていたシーンのすぐ後がこれ(↑)
私のまどマギベストシーンだ。最後のグリーフシードを使って
「過去を変えてほしい。魔女にはなりたくない」
とほむらに頼むまどか。
その願いを叶えるために、ほむらは泣きながらまどかを撃つ。
そのマズルフラッシュが上のスクショ。
ほむらの思考、性格を決定づける場面でもある。
また、この2回めの時間遡行は
マミの「ソウルジェムが魔女を生むなら皆死ぬしかないじゃない!」
の名台詞も出た。
そして時間遡行3回目に突入したほむら。
 「誰も未来を信じない 誰も未来を受け止められない」
の名台詞が出る。私がツイッターのプロフに書いているアレだ。
その魔女ほむら=ホムリリィを倒す為にティロフィナーレが炸裂。
先程のブログには面白い説明が書いてあった。
(トナカイに先導されたchariotになっている所もツッコミどころ。
トナカイもchariotもイルミちゃんの大好物)

ティロフィナーレ(特盛)に乗っているパフェには、
ラズベリー、リンゴ、チーズ、メロンが入っている。
カボチャ=ほむらはない。


なるほど。ラズベリー、リンゴ、チーズ、メロンか。
序盤の仁美ナイトメア=やぎのこのゆめ戦の最後だ。
ケーキの儀式をやった時のアレだ。

しかし、このティロフィナーレ。実はマミがやらかしている事も判明。
ティロフィナーレの後、なぎさが倒れているのは何だろう?
というのが最初は分からなかった。
先程のブログの説明によるとドサクサで、
なぎさとホムリリィをまとめて撃ってしまったらしい。
確かにコマ送りすると・・・いた!なぎさが吹き飛んでいる。
ババァちゃんと狙って撃てよw

このパフェの説明以外にも先程のブログを読んでいると
仁美ナイトメア=やぎのこのゆめ戦の謎、
ケーキの儀式についても部分的に説明があった。

ケーキの歌のお茶会シーンは、ナイトメアに
おいしいものを食べさせて満足させて浄化・救済する儀式。
ここでは太らせて食べてしまう魔女の儀式も善行になっています

(公式ガイドブック)

という事らしい。善行と称して、結局食べてしまう訳なんだが。
本質的には最後の「丸々太って召し上がれ」な訳か。
救済、天国、神の子、アセンション・・・
能書きだけはご立派でも善行の中身は食う=殺すだけの話。
実にキリスト教的な話だ。
当然これは「人間は家畜なのか?」という問いに戻る事にもなる。
このあたりの問題については、永劫回帰や、六道等
インド方面の話題が出る事もある。
そういえば円環の理=鹿目まどかは緑の象に引かれて登場する。
象はインド的だ。緑というのは「赤vs青」の次に来る第3のカラー。
例えば光の三原色だってRGB。
「テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ」=両建て戦術。
また、ゾロアスター教で緑は聖なる色でもあり、
ワンワールド=世界支配=フリメの色でもある。 
例えばガンダム00で世界統一政府軍=アロウズの制服は?
ラスボスのリボンズの髪の色は?
いや、リボンズは髪の毛どころかパイロットスーツも緑だった。 
ちなみに全てのイノベイターが緑のパイロットスーツという訳ではない。
こちらはセカンドシーズン最終話でデュナメスと交戦中の
リヴァイヴ=リヴァイヴァル
テレビ版エヴァ第七話で核爆発の危機が去った瞬間
JA内部の照明の色が変わるが、なぜ緑なのか? 
オールグリーンやレッドアラートという表現は確かにある。
しかしそれは照明の色の話だったのか?あくまでも危険性の話だ。
そしてミサトのセリフが印象的。「奇跡は用意されていたのよ、誰かにね」
=偽りの救い=偽りのキリスト=緑。 

何もマンガの話だけではない。「世界連邦運動協会」のHPで
団体名やロゴが何色か見てきたらいい→リンク
細川護煕が2014年2月の都知事選挙に「反原発」を旗印にして出馬した。
その時の細川のテーマカラーも緑。
例えば、細川の支持者は緑のものを身につけてこいと
やたらと呼びかけられていた。
あれが意味するものも同じ。
「反原発」といういかにも「いい人」っぽい偽装をしますよという宣言。
「ワタクシはニセの救世主ですけどそれが何か?」という事。 
全部緑。おk?偽りのキリストのテーマカラー。
特に特定のカラーをシンボルに使うのはカラー革命と言って
CIAの古典的な手法。ええ、勿論、細川や小泉の反原発なんて
あんなもの正義も環境も健康も未来も一切関係ありませんw
飼い主から命令されたからご老体に鞭打って
心にもない偽善をしゃあしゃあと語っているだけw
今も昔もヤツらは骨の髄からこうさくいんですけど、それが何か?

何何?私のツイッターアカウントのアイコン?
これはザクセンコーブルグゴーターだ。これはまた後日。
偽りの救済と言えば、ねこた先生はつい最近も
面白い事をつぶやいていた。→リンク

「耶蘇教をぶっ壊す!」と言った神智学のアリス・ベイリーって
「原爆が落ちたことで日本人は霊的に進化した」と言っていんだぜ。
http://teruterulog.jugem.jp/?eid=474 
で、ベイリーを妄信してるスピ系死んでください。これガチでな 

オウム真理教の「ポア」とは本来の意味では
「遷移・転移・転生・救済」に近い意味だった。
オウム真理教はそれを悪用して単なる殺人をポアと称した。
「ポアなんだから殺人だってやむを得ない。
霊的には救われるんだから」とでも言いたいのだろうか。

この考えは結構キリスト教的でもある。
聖書を読むと死すべき人間、地獄に落ちるべき人間は
最初から決まっていると書いてある。
ならば死すべき人間を殺したとしてもそれは神の御心・・・?
一応、キリスト教の中ではこういう考え(予定説)は
カルヴァン主義に相当するらしい。
しかし主義云々関係なく、聖書にはハッキリとそう書いてある。

例えばヨハネ伝15章16節
あなたがたがわたしを選んだのではない。
わたしがあなたがたを選んだ。

ほう。そうかい。じゃ、私がアンチクライストなのも
オマエの責任っつー事でよろしく。何もここ1箇所ではない。

例えばローマ人への手紙8章29節-30節
神はあらかじめ知っておられる者たちを、
更に御子のかたちに似たものとしようとして、
あらかじめ定めて下さった。
それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。 
そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、
召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、
更に栄光を与えて下さったのである。 

もしくはガラテヤ1章15節。
母の胎内にある時からわたしを聖別し、
み恵みをもってわたしをお召しになったかた

もしくは箴言16章4節
主はすべての物をおのおのその用のために造り、
悪しき人をも災の日のために造られた。 

もしくは詩編139編16節
胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。
わたしの日々はあなたの書にすべて記されている
まだその一日も造られないうちから。

もしくはウェストミンスター信仰基準3章→参考リンク
(これはカルヴァンからイギリスの長老派への流れらしい)
神の聖定によって、神の栄光が現われるために、
ある人間たちとみ使たちが永遠の命に予定され、
他の者たちは永遠の死にあらかじめ定められている

カトリックではトリエント公会議以降、予定説は異端らしいが
プロテスタントでは普通。
カルヴァンは「キリスト教綱要」(1536年)で
(christianae religionis institutio )次のように書いているらしい。
→参考リンク

全ての者は、同じ条件のもとに創造されたのではない。
ある者は永遠の生命に、他のある者は永遠の断罪に、
あらかじめ定められている。
人はだれでもこの目的のどちらかにむけて、
すなわち生に対してか、死に対して創造されているということだ。
(中略)聖書に書かれているように(中略)
神は、永遠のご計画によって、救済にあてようとする者と、
滅亡にあてようとする者とをあらかじめ定めたのである

いや、それどころかプロテスタント誕生の1000年以上前から
キリスト教(今のカトリック)は予定説を主張していた。
アウレリウス=アウグスティヌス(354-430)が
「神の選びが神の予定に基ずく行為である」
と主張していたらしい。→参考リンク1 リンク2

もしくはマタイ伝13章の毒麦の喩え話。

ニャンゲンを「愛している」だの「救う」だの能書きだけは立派だ。
しかし、それは単に、初めから殺す為に飼育しているだけの話だ。
・・・「人間は家畜なのか?」・・・フェビアン協会作戦乙!

バカでも分かるように書けば
ジャイアンが「心の友よ」なんて言い出した時は
「これはまずい」と思わなきゃダメだという事だ。
文字通り、本気で「心の友」だと思ってたら散々な目に遭う。
何も「心の友」だけではない。
「愛」だの「救い」だのあまりにもホイホイ鵜呑みにしすぎな
バカが多すぎて話にならない。

たとえば、「放射能でアセンションができる」と称する
頭のおかしい人たちがいる。例えば大本教や生長の家関係。

彼らの根拠は例えばこのへん→リンク

今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ。
灰になる肉体であってはならん。
原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。
今の物質で作った何物にも影響されない

新しき生命が生まれつつあるのぞ。
岩戸ひらきとはこの事であるぞ。

(日月神示 五十黙示録第7巻 五葉之巻 第16帖)

私はこういうカス信者とツイッターで口論になった事がある。
そういえば不幸の科学のヅラ川隆法も機関紙で似た事を言っている。
リンク参照。What's幸福の科学のvol.72 
教祖の髪の毛がアセンションしちゃった分際で何を言ってるんだか?
あのへんのカルトは全部つながっているというそれだけの話だ。

生長の家と言えば稲田朋美についても語りたい。
しかし記事が終わらなくなるのでまた後日。
稲田朋美は「戦争は最高の宗教的行事」だの何だのと
言っているらしい。祖母の代から三代続けて生長の家信者らしい。
実に危険な人物だ。
そんなに最高ならお前1人で志願して傭兵でも外人部隊でもなれ。

ところで、序盤の仁美ナイトメア=やぎのこのゆめ戦と言えば
一番のツッコミ所はコレ(↑)だ。 
少し補助線を引けばわかるかな?
みんな大好きフリメちゃん♥ キリスト=まどか自ら、
右目=悪魔側を使ってまでポーズを取ってくれるという
大サービスだ。 第3作=悪魔編ならではのサービス。
勿論、eye in the triangleという解釈もアリだろう。
フェイド大帝は最近、まどかのあのポーズは
狐格子という手印ではないのか?という説を紹介していた。
リンク1  リンク2
狐格子という言葉の意味は、例えばこの辺→リンク 
屋根のこういう(↑)格子状の部分の事らしい。

で、これ(↑)が狐格子。
ふーむ。とりあえずまどかは両手とも手の平が前向き。
この絵では右手は前向き、左手は後向き。
手印にバリエーションがあるのか?ちょっと色々不明。
「狐」格子だからなのか?組む前には狐の影絵を作る?
みんな大好きサタニックサイン?
こっちの画像には南方熊楠どうこうという記述も見られる。
この本にそういう内容が書いてあるらしい。 

以下、小ネタをいくつか。
一番最初のナイトメア戦では、まどかの磔刑=はりつけ=十字架を
暗示するようなドアがある。まどか=キリスト=十字架。
冒頭の朝のシーンでまどかのネイル発見。予想通りティアドロップ。
終盤のシーンではさやかのネイルのアップ発見。
やはりCっぽい。基本的にソウルジェムと同じ形という事か。
ラストでは、ほむらがわざわざ外に椅子を持ちだして座る。
ホント椅子好きだなあ。
椅子=瞑想=魔術=イシス=エジプト=イルミ。

では、最後のシメはお約束のひと言で。
「黒幕はキリスト教徒!」

みかん、いや、未完