2016年5月31日火曜日

過去記事の補足集

今回は過去記事の中で敢えてスルーした情報を書く。
確かに過去記事内で説明してもよかった。
しかし話が長くて流れがぶった切れてしまうものもある。
私自身、まだ考え中のものもある。
そういうものを書くとキレが悪くなる。
だから書かないでおいた。

ただ、忘れた訳でもないし、無視した訳でもない。
だから、そういうものを今回はまとめてお届け。
お題は、(1)クリスマスツリー、(2)オリオン座、
(3)聖書と時間の流れ、(4)タロット、(5)神殿売春。

ついったー記事まとめ ねぷちゅーんパイセンまじかっけーっす で
クリスマスツリーがモミの木なのも何か臭く思えてきた。
と書いた。

クリスマスツリーの起源についてぐぐってみた。リンク
クリスマスツリーの起源は北欧先住民の冬至の祭り。
先住民はカシの木を使った。
カシの木は常緑樹=枯れない=命の象徴という信仰があった。
先住民にキリスト教を布教する時に、先住民の樹木信仰を盗用した。
キリスト教徒はカシの木とモミの木が似ているからすり替えた。
モミの木は横から見ると三角形。
それが頂点の神と底辺の二角=聖霊と人間を示すと吹き込んだ。
そしてついにキリスト教布教成功。

マニ教戦術や日ユ同祖論を思い出して胸が熱くなる話だ。
しかしカシの木は十字架の素材とも言われる。
それが元々北欧の冬至の祭りに使われていた。
しかも不死の象徴。ふーむ。
単なる信仰の対象ではなく、不死・・・。蘇り・・・。
シンクロ率が高い。

過去記事でも書いたが北欧神オーディンとキリストが妙に似ている。
まさかキリストの十字架の元ネタが(部分的に?)北欧起源なのか?
キリストとは何者か?まだまだほじくり甲斐のあるネタだ。

工事2ポセイドンぱいせんから、ミトラ教ぱいせんへ で
「オリオンの三ッ星もヤツら好み」と書いた。

wiki オリオン座
オリオン座の三つ星は古代エジプトではオシリス=イシスの兄を示す。
古代シュメールではオリオン座近辺を
「アヌ(最高神)の真の羊飼い」と呼んだ。

そういえば誰か「私はよい羊飼いである」と称していた件。
「私はよい羊飼いである」
「私はよいアヌである」
うーむ。

同じ三つ星は古代中国では戦の神として信仰。
これが後に日本で妙見信仰になった。
例えば毛利氏の三つ星紋。
勿論、毛利=田布施=や
妙見信仰は北極星信仰や平将門につながる。
平将門と言えば初の日本刀を作らせた人物と言われる。
刀を作るには当然、製鉄技術も必須であろう。
そして平将門と言えば騎馬部隊。
「製鉄技術」と「騎馬部隊」の組合せというのは
ヤツらを連想させるキーワードだ。
ズバリ「製鉄技術を持った騎馬民族」・・・?
平将門がどこかでガイジンとつながらないのか?
そのガイジンの協力があったからこそ日本刀を初めて作ったり、
騎馬部隊を組織できた・・・?
一応平将門は千葉出身。当時の千葉は田舎。(え?今も?)
ただ、千葉以外にも行動範囲は広がっている。
ちょっとこのへんは色々不明。
平将門が日本刀を作らせた事情や真偽は今後の課題だ。

更に妙見信仰は山伏やサンカにもつながる。
サンカは狼を飼いならして朝廷に猟犬として献上した。
土佐犬はじめ和犬の元は狼である。
明治頃まで狼との混血は繰り返されていたらしい。
但馬のサンカがそういう狼の飼育の元祖と主張するHPもある。
但馬は現在は兵庫県だが、京都府にも近い。
勿論、京都は=都(ミヤコ)=天皇家・・・。
サンカ(=北極星信仰? まさかガイジン?)が天皇に猟犬を貢ぐ。
ふーむ。天皇、サンカ、修験道、北極星信仰、ガイジン・・・。
色々臭そうな領域だ。しかしひと筋縄でもいかなそうだ。
これも今後の課題。

珍説、もとい、新説・時間はオートリバースであるという仮説で
>聖書の中では過去と未来が逆転していると書いた。

ソースがなかなか興味深いので引用する。
「聖書の暗号」  新潮社  1997年刊
マイケル=ドロズニン著  木原武一訳  p206より

「聖書では時間は逆さまになっています」と、
シュタインザルツ(ラビ・アディン・シュタインザルツ)は、
旧約聖書のヘブライ語原典の奇妙な点を指摘した。
「未来は常に過去形で書かれ、
過去は常に未来形で書かれているのです。」
「なぜ?」と私(ドロズニン)は訊いた。
「わかりません」と彼は言った。
「我々は時間の流れに逆らって進んでいるのかもしれません。」と、
シュタインザルツは、物理学の法則は「時間対称的」であること、
つまり、時間の中を前向きにも後向きにも進むという事を指摘した。

彼は聖書を開き、最初の預言者、イザヤの言葉を探した。
「ここです。イザヤ書に
"あなたは未来を見るためには後ろを振り返らねばならない"
と記されています。」と彼は言った。
「イザヤは"これから後に起こることを告げてみよ"
と言っていますが(多分41章22節)
この言葉は"彼らは未来を逆の向きに語った"とも訳す事ができます。
実は、この同じ言葉を"文字を逆向きに読め"と訳す事もできます。」

同書p253より。
我々(ドロズニンとシュタインザルツ)(中略)
時間の本質について、また、トーラーでは
時制が逆になって表現されているかもしれない事について議論した。
未来を過去として、過去を未来として語るのは
聖書独特のものではあるが、
このような時制の逆転に関して詳しく述べた注釈書は無い
とシュタインザルツは私(ドロズニン)に言った。

オートリバース乙!

タロット、そして地球に十字が立つ問題について。
サードインパクト
サードインパクトの後の世界
Gレコ最終話の鯨
ターンA40話の鯨
Gレコのストーリーと生命の樹。
これらで地球上に十字架が立つ問題を過去に何度か書いてきた。
実はタロットにも似たデザインが出てくる。
マルセイユタロットの3番「女帝」
マルセイユタロットの4番「皇帝」
この球体に十字架のついた王笏は「世界の支配」を意味する。
それはべつにいい。
しかし、現存する最古のタロットは500ウン十年前に作られた。
まさか世界=地球=球体という発想が
1492年のコロンブスのアメリカ発見や
1522年のマゼランの地球一周以前からあったのか?
それはもしかして秘密ケツ社の秘伝だったりしたのか?
と思いタロットの歴史を少し調べた。

「タロットの歴史」山川出版社  2014年刊  p25より
現存する最古のタロットはヴィスコンティ版の
キャリー・イェール・パック。
現存、とはいっても大アルカナ11枚と小アルカナ56枚が
現存するという意味。100%の状態で現存してはいない。
制作年は推定で1428年。この数字の根拠は6番の「恋人たち」
男女がアイアイ傘に入っているような絵柄だ。
そのパラソルにヴィスコンティ家のマムシの紋と
サボイ家の十字の紋が入っている。
ここからフィリッポ=ヴィスコンティ(第3代ミラノ公)と
サボイ家のマリアの結婚を記念して作ったという説が有力。
そしてこの2人が結婚したのが1428年。
コロンブスやマゼランよりも前だ。

では問題の球体プラス十字について。
同書では「宝珠」と呼んでいる。
世界を表す球体に十字架がついたもので、
それを持つ者が世界を手中に収めている事を示す。(p85)

宝珠の問題にはいくつか考慮すべき内容がある。
まずコロンブスやマゼランは「公式記録上」の
発見者・達成者でしかない。
例えばフィリピンの古い歴史にはマゼラン以前にも
ヨーロッパ人が来たと伝わる。
コロンブス以前にもヨーロッパ人がアメリカに行っている。

つまり、ケツ社の秘伝は関係が無いというオチもあり得る。
現代の一般常識が間違えているだけ。
昔の人はコロンブス以前、マゼラン以前に既に
「地球=球体」と知っていたのではないか?という可能性だ。
どこかで歴史が改竄されていて、その改竄された歴史を
現代人が鵜呑みにしているだけという可能性。

次に考慮すべき点はヴィスコンティ版の女帝は
「宝珠・王笏」を持っていないという事。
タロットのデザインの変遷を追えば「後付けで」「途中から」
「宝珠・王笏」が出てきたのでは?という問題。
とりあえずヴィスコンティ版の「女帝」は「タマ無し」。
マルセイユタロット系列だが、1650年のノブレ版以降は一貫して
「宝珠・王笏」を持っている。

一体「宝珠・王笏」の初出はどこだ?と見ていると
ベルガモパック(推定1450年)の4番=「皇帝」が「タマ有り」
この本(「タロットの歴史」)の記載範囲内ではこれがタマの初出。

特に神聖ローマ帝国の皇帝は宝珠の十字より下の部分を
手袋をした手で持つことで、あくまでも神の下に位置する
「世俗の王」である事を示した(同書p86)

ふーむ。1450年か。微妙だ。
コロンブスだってヤケクソで西へ航海した訳ではあるまい。
何か勝算があったはずだ。
地球は球体であるという状況証拠がいくつかあったからこそ
船の用意その他スポンサーの獲得ができたはずだ。
さて、その勝算、見込みの裏付けがケツ社の秘伝なのか?
それとも先見の明か?
むっしゅとまーては「タマの元はエジプトのアンク」という見解。
これはライダー版の女帝。
これはライダー版の皇帝。
確かにアンクっぽい。
私はライダー版はマルセイユ版よりも新しいので
「元ネタ」の確認には、あまり使いたくない。
しかし、些細なパーツのひとつひとつに至るまで
1点の例外すら無くマルセイユタロットが古いとも限らない。
ごく一部なら先祖返りをする可能性だってある。

またタロットエジプト起源説はあまり納得できないが
これだって、些細なパーツのひとつひとつに至るまで
1点の例外すら無くエジプトは無関係か・・・というと、
そこまでゴリ押しも難しい。
例えばライダー版のchariotのスフィンクス。
これはやはりエジプトではないのか?

私はまさかのケツ社の秘伝の可能性を1%程は残しつつも
15世紀当時ではタロットの製作者含めて
地球は平面と考えていたと思う。

私が考える宝珠の存在理由はマルだからだ。
丸や球体は欠けた場所が無い。完全性を示すと言える。
「ワシの支配は全土に及ぶんじゃー!!」
という王様のエゴを示すには都合のよい形だ。

例えば日本にもこういう和歌がある。
この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたる事も無しと思えば
藤原道長、だ。
欠けた所が無い=真ん丸=球体=完全無欠
まあ、分からない話でもなかろう。

今の所私の頭の中での確率はこんな感じ
むっしゅとまーてのアンク説  33%
マルは完全体説        33%
ケツ社の秘伝説       1%
現代人の歴史が間違ってる説  1%
今の私には分からない何か説  32%
こんな感じ。

最後。神殿売春について。
珍説、もとい、新説・時間はオートリバースであるという仮説で
聖画を紹介した。受胎告知。
同じ受胎告知の聖画について。
船本弘毅監修  「名画と聖書」 成美堂出版に少々解説があった。

受胎告知がなされたのは春だとされ 瓶に花が差してある。
これが後世は純潔の象徴の百合になった。
舞台は修道院の中庭か回廊が多い。
これはマリアがエルサレム神殿の修道院で育てられたという
伝説による。

ほう。マリアは神殿育ちか。
神殿育ちと聞いて何かイイトコロのお嬢さんを想像するようでは甘い。
temple  prostitute でぐぐれ。wikiリンク

The foulest Babylonian custom is that
which compels every woman of the land
to sit in the temple of Aphrodite
and have intercourse with some stranger
at least once in her life.
It does not matter what sum the money is;
the woman will never refuse, for that would be a sin.
A number of other ancient authors corroborate
Herodotus's  account.
By their testimony it appears that
not only in Babylonia and Cyprus,
but throughout the Near East, ancient societies
encouraged the practice of sacred sexual rites.

エルサレム神殿は神聖だから そんな不真面目な事は
・・・ しちゃうんだな、これがw

神殿で悪徳業者と大喧嘩してそれがもとで
十字架に架けられたのはどこの誰だっけ?
ヨハネ伝2章でも読め。

だから聖書を読めとあれだけ言っただろうが。
たまーに読んだと思ったらご都合主義な所だけツギハギして
妄想まみれの捏造教義を作りだす。
それがお前らの大好きなキリスト教だ。
ガキでもあるまいし、最低限事実には目を向けろ。
これでこそ、聖書こそ唯一絶対の権威、だ。
神聖で真面目なエルサレム神殿とか 夢物語以下だ。

女は全員、神殿でおセックスするんだよ!
ていうか、しなきゃいけないんだよ!
しなきゃ罪になるんだよ!
どこの誰が相手でも、女に拒否権は無いんだよ!
ああ、勿論、マリアだって行きずりの男の
くっさいちんこ入れられてるに決まってる。
現実逃避して処女処女言ってたら
お前もくさいちんこ入れられるぞ?

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」

2016年5月29日日曜日

キリスト教とミトラ教。そして西洋魔術の本質とは何か

過去に複数のリンクを提示した通り、
「12月25日は元々ミトラ教の祭りであって
キリストが生誕した日だという根拠は無い。
むしろ、キリストが生まれたとするには無理がある。」
この事はキリスト教の牧師ですら複数名が認めている事実だ。
有名(笑 ブロガーのRAPT(笑 すら認めている。

http://rapt.sub.jp/?p=16597

らぷと記事「キリスト教がミトラ教から誕生したという大嘘」

キリスト教の主張(12月25日にキリストが生まれて

野宿していた羊飼いや東方の賢者が駆けつけた)
には大きな矛盾がある。

まず聖書には日付は一切書いていない。

仮に「そういう事」が本当にあったとしても、
12月25日だと断定できる根拠はどこだ?という矛盾。

「キリスト教が悪魔教に乗っ取られたから

聖書を唯一絶対の根拠として宗教改革」という
らぷと君の主張はこの辺りから怪しくなる。
いや、あやしいのは元からか。
キリスト教とミトラ教が
似ていると言いたいのか?
似ていないといいたいのか?
キリスト教とミトラ教の、
どっちがパクった側だと言いたいのか?
らぷと君の文章は支離滅裂だ。

例えばタイトル。
「ミトラ教はキリスト教に悪魔教を混入させて作った」
ここから判断するとまずキリスト教ありきの前提らしい。
ところが12月25日は元々ミトラ教の祭りと講釈開始。

あれ?タイトルと本文が食い違う件。
とりあえず12月25日にビッグイベントがあるという点で
ミトラ教もキリスト教も共通点がある=似てると思うのだが。
ここから何を間違えたら「似ても似つかぬ」になるんだろう?

12月25日の例のイベントは聖書に出てこない。 

だからこれは悪魔教の教義である。   

ホンモノのキリスト教にはそんなものはない(キリッ 

「似ても似つかない」のはホンモノのキリスト教と
ミトラ教を比較しての話だったのか?

んじゃ、そのホンモノとやらを教えてクレメンスと思ったら
聖書を読めばわかるそうな。
「聖書こそ唯一絶対の権威。たとえ世界中のキリスト教会が
何を言おうが、何をしようが、聖書に無いものは悪魔の教え」
このルールでいいのかな?

しかし、聖書にのみ従うのなら
パソコンだって使ったらいけないのではないか?
パソコンは聖書の何書何章何節に出てくるのか?
もし見つからないならこれは悪魔の創りだしたものだよ!
ついでに日本語だって聖書に出てこない件。
では日本語は喋ったらだめだ。日本語は悪魔語だ!
日本語なんか早く忘れ去らないと
knznymmmyのけしからんブログが目に入っちゃうぞ?
ついでにキリストの時代には新約聖書はまだ無かった。
当たり前だ。
だから新約聖書の中には律法(旧約)は出てくるけど
新約聖書は出てこない。

大変だ!聖書に出てこないものは悪魔教だぞ!
大変だ!新約聖書は悪魔教だ!
大変だ!新約聖書100回も読んじゃったら地獄行きだぞ(笑

大変だ! 目が悪魔に汚染されるぞ!
大変だ! じごくにおちるぞ!
大変だ! マリアがまたおセックスはじめたぞ!

らぷとくんは自称100回以上聖書を読んでいるらしいから
次の一節を知っているだろう。

マルコ伝9章47節
もし、あなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出しなさい。
両眼がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、
片目になって神の国に入る方がよい。 

マタイ伝5章27節〜30節

『姦淫するな』と言われていたことは、
あなたがたの聞いているところである。 

しかし、私はあなたがたに言う。
誰でも、情欲をいだいて女を見る者は、
心の中ですでに姦淫をしたのである。 

もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、
それを抜き出して捨てなさい。
五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、
あなたにとって益である。 

もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、
それを切って捨てなさい。
五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、
あなたにとって益である。 

なーんにもしなくても
うっかり、けしからんものを見ちゃっただけでアウトらしい。
じゃあ、ぱそこんなんか危なくて使えるわけがない。
うん、やっぱり、ぱそこんは悪魔教だね!!
よし、らぷと君は今すぐ、ぱそこんにガソリンかけて
火炙りの刑を実行するんだ!
アーメン、そーめん、味噌ラーメン❤︎
早くしないとイエスさまが再臨して君をさばいちゃうぞ

まあ、プロテスタントが、カトリックの教えを再検討したのは本当。
その時の基準が聖書なのも本当。
その意味で「聖書に根拠を持たない教えはけしからん」に近い。
例えばカトリックの多くの秘跡(サクラメント)を
プロテスタントは半分以上否定している。
(一般に、カトリックのサクラメントは7つ。
プロテスタントに残っているのは洗礼と聖餐式の2つのみ)
ならば同様にクリスマスも否定してもよかったはずだ。

私の主張は以前から書いている通り、

悪魔に乗っ取られるも何も、キリスト教は
元から悪魔教だし、今でも悪魔教だという事。

「聖書こそ唯一絶対の権威・根拠」だとするなら

聖書にはクリスマスの日付が全く出てこないのは矛盾だ。
聖書以外の「何か」を根拠にしているという矛盾だ。
まあ、その「何か」がミトラ教なんだけどな!
改革、改革と言いながら単に劣化コピーしただけの
プロテスタントも同罪。
元ネタがミトラ教とバレたら大慌てで
「ミトラ教とキリスト教は似ても似つかない」という
根拠不明の記事を書く、らぷとも同罪。

いや、むしろ、「誕生日を祝う」ましてや

「ケーキにロウソクを刺して火を灯す」
これは完全に西洋魔術そのものだ。
ある特定の時(例えば日付)で特定の儀式を行うのは魔術の基本。
私が読んだあるカバラ系の魔術本では基本練習として
ボックス呼吸と、もうひとつ、毎日特定の時刻を決めて
特定の動作をすると書いてあった。

魔術の本質はどこにあると思う?

昔ある人がついったーにサラッと書いていたが
あまりにも衝撃的な内容だった。
当ブログではそのツイートは晒さない。
あまりにも衝撃的すぎて当ブログの一般読者の理解力を
完全に振り切っている可能性が高いから。つまり猫に小判。
そして、ツイート主に、らぷととかのキチガイが殺到して

アカウント削除騒動にでもなるかもしれないから。
キリスト教の教会でも一部はクリスマスにはケーキを配る。
それ目当てで普段教会通いをしていない子供が釣られる。
釣って信者に洗脳しようというつもりらしい。
魔術(含クリスマスケーキ)はキリスト教では禁止なのでは?
クリスマスケーキは聖書のどこに根拠がある?
東方の賢者の贈り物か?
聖書には贈り物の内容が出てくるが
ケーキではないし食べ物ですらない。
マタイ伝2章11節によると
「黄金、乳香(アロマ)、没薬(アロマ or 除菌薬)」だ。

しかも羊飼いは12月のクソ寒い中、野宿はしない。

これが更なる矛盾。
べつに羊飼いだからと言って24時間365日
見張りをしないといけない訳ではない。

逆にミトラ教側の視点ならば12月25日という特定日には

合理的な意味がある。
ミトラ教では12月25日は「冬至」「太陽の死と再生」の祭り。
なるほど、それならあの日でなくてはならない。
1日が1番短くなり、また徐々に長くなる節目の日だから。
だからこそ太陽崇拝の意味がある。
「太陽が死に、太陽が再生する」事の象徴的な日だ。
本当の冬至より微妙に遅れているのは
死と「再生」を祝うと考えればむしろ合理的。

しかもキリスト教にはあまりに多くの前科がある。

例えば十字架や日ユ同祖論はじめ、異文化、異宗教を
勝手に捻じ曲げて盗用してきた前科だ。ミトラ教含めて❤︎

例えば、今や世界中でキリスト教のシンボルとして扱われる

十字架は、元々キリスト教のものではない。過去記事参照。
或いはクリスマスツリーは元々北欧の土着の樹木崇拝。
常緑樹=不死という信仰だ。
ところが今やキリスト教会ですら年末にはアホ面さげて
クリスマスツリーを飾る始末。

偶像崇拝は厳禁ではなかったのか?

まして異教の偶像など厳禁の中の厳禁。
それを世界中の教会が率先して行うのは大きな矛盾だ。
矛盾ではないと言うのならクリスマスツリーが
聖書の何書何章何節に根拠を持つのか言ってみろ。
キリスト生誕の場面に樹なんぞ出てこない。
おい、どうした?聖書こそ唯一絶対の権威、唯一絶対の根拠
ではなかったのか?

都合が悪くなると「これは悪魔ガー」

「悪魔は巧妙だから耳を貸してはいけない」
「心のキレイな人なら分かります」
「聖書をキチンと読め。そしたら分かる」
で逃げを打つのは黄金パターン。別名、馬鹿のひとつ覚え。
はいはい、とりあえず盲信してもらわないと困るんだねww
とりあえず私は聖書読んでますけど何か?
英語版だってABSとKJV持ってますけど?
むしろウルガタやセプチュアギンタや
ビブリアヘブライカシュツットガルテンシアすら持ってるんだが。

らぷと君はヘブライ語やラテン語やギリシア語のお勉強まで

視野に入れて語ってるのかな?
新約聖書は100回以上読んだだと?
100回読んでまだあのレベルか。
間違った本は読めば読むほどバカをこじらすという
パターンにハマったな。

らぷと君こそちゃんと聖書読みなさい。そしたら分かるから

・・・あ、キミの場合は頭悪そうだからやっぱ無理かも(笑

勿論、らぷと君の言う「キチンと」の基準は

「キリスト教のご都合主義に合わせて、
数多の矛盾点はガン無視して
ありがたや、ありがたやと意味もわからないまま盲信しなさい」
という意味だ。
当ブログでも何度も書いてきた「キリスト教はバカ宗教」
「頭が空っぽでないとキリスト教徒には不適格」
という左目サイドの論理に実に忠実だ。
これができないと「不信仰者」
「信仰が足りないから悪魔につけこまれる」
というレッテル張りでイジメの対象になる。
どこの北朝鮮ですか??
せめて「信仰」じゃなくて「盲信」または「狂信」と言え。

最後はお約束のひと言をオナシャス。

「黒幕はキリスト教徒!」

2016年5月26日木曜日

ポセイドンぱいせんから、ミトラ教ぱいせんへ

さて、ポセイドンの臭さの続き。
ポセイドンの臭さのひとつにフェニキアとのつながりがある。
確かに海洋民族のフェニキアに海の神のポセイドンは適切。

そしてフェニキアと言えばユダヤ人の正体(のひとつ)と考えられる。

フェニキアの神はポセイドン

ユダヤの神はヤハウェ。

フェニキアがユダヤの正体(のひとつ)

ならば、ポセイドンがヤハウェの正体だったりしないのか?
という仮説が出てくる。
とりあえずフェニキアの場所ならモロにパレスチナ。
 参考:英語版wiki

参考でねこた先生のツイート。リンク
ポセイドーンと言えば、陸を支配するゼウスに対して
海を支配する。
ポセイドーンはフェニキアの神という説があり、
オリジナルソースを確認してないけど、
メドゥーサはポセイドーンの嫁という話があるそうな。

私自身多少ぐぐってみた。リンク

We find also, in the Phoenician legends,
mention made of Poseidon, founder and king of Atlantis

確かにフェニキアとポセイドンはつながるようだ。
また別のリンクによると

it is also notable that the battle between
the Christian God and Satan
as related in the biblical Book of Revelation
seems a much later version of the same conflict,
with many of the same details,
one finds in the Phoenician myth of Baal and Yamm.

黙示録の元ネタはバアル?という疑惑。

http://gnosticwarrior.com/trident.html

ここを見ていると、ポセイドンの三又の鉾は三位一体にも通じる
と書いてある。確かにそういう形だ。
3本でもあり1本でもある。三位一体的な形をしている。

The Trident is akin to the symbology
of the shepherd's crook
in which the shepherd uses the hook of his crook
to save fallen animals

それどころか羊飼いの杖にまでつながる疑惑。
キリストを描く聖画でもよく杖を持っている。
「私はよい羊飼いである」
 「私はよいポセイドンである」
うーむ。

過去記事でも書いたがこのポセイドンの三又の鉾は
キュクロプス謹製。
それどころかポセイドンの兄弟である
ハデスの隠れ兜やゼウスの雷もキュクロプス謹製。
これらの武器のおかげでゼウスの一味は勝利し、
支配者、ゴッドとして君臨するようになった。

ハデス、ポセイドン、ゼウスの勝利に貢献した
このキュクロプスは何者か。
いや、そもそもこの三兄弟の生まれた順があやしい。

ハデス(死)→ポセイドン(海=水)→ゼウス

「最初が死。次に水」と言えば
ウパニシャッドの創世神話と同じだ。
もしかしてこいつら三兄弟じゃなくて
同じ神を3つの側面から見ているのではないか?
一種の三位一体。
喩えるならエヴァンゲリオンのマギシステム。
マギシステムは赤城ナオコの「母、妻、女」としての
3つの人格を移植していた。3つでもあり、1つでもある。

例えばゼウスwiki 
ゼウスの武器と言えば雷だが実はカマもある。
いや、雷はキュクロプスからの貰い物だ。
だからカマこそが本来の武器かもしれない。
カマといえば死神の画像検索でやたらとよく出るのは既出。
死神=プルートの武器をサクっとゼウス君が使う不思議。
これも同一人物だと仮定すれば自然。 三位一体乙!


この三位一体のゴッドの、ゴッドたる所以が
ティタノマキアにおける勝利。
その勝利はキュクロプスの武器のおかげ。
キーパーソンのキュクロプスとは一体何者か?

大帝の昔のツイートに鋭いひと言があった。

ギリシャ神話で一つ目の キュクロプスと
頭100個の ヘカトンケイルって古い神が いたろ?
ミトラさんとヴァルナさん?
この契約と罰則の発展系が 法学の繋がっていく。
ヴァルナって元々、宇宙の法を司ってたろ? 今は水の神だが。

ミトラ教キタワァ❤︎ キタワァ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚(n'∀')η゚・
ミトラ教も実に臭い。色々ツッコミ甲斐のある宗教だ。
例えばキリスト教の元ネタも(100%ではなかったとしても)
ミトラ教だと思われる。
wikiを軽く見るだけでも十分臭い。リンク

キリスト教の諸特徴がミトラス教に由来するという説が
論じられることも多い(wiki)

例えばクリスマスは12月25日。この日に
キリストが生まれたからクリスマスに決まったのではない。
こんな寒い日には羊飼いは野宿なんかしない。
おそらくキリストの本当の誕生日は2月後半から3月前半。
多分3月前半。ホロスコープが双魚宮のはずだ。

勿論、キリストは実在したのかという問題もある。
今、書いているのはクリスマスツリー同様、
異教からの盗用をする前はどうだったのかという話。
元の「キャラ設定」はどうだったのか?という推測。
ガンダムの前はガンボーイだったよね?という古い設定の話だ。

この12月25日は元々ミトラ教の祭り。しかも「死と再生」の祭り。
これをキリスト教が盗用した。
これは有名だからキリスト教の教会のホームページにすら
一部書いてある。
例1 例2 例3 例4 例5 例6 例7 例8

更にwikiから引用。
ミトラス神は元々契約の神

ヤハウェは「契約、契約」とやたらうるさい。
 「え? 呼んだ?」

信者組織は7つの位階を持った。
それぞれには守護星が決まっていて、ランキングの下から順に
大烏(月)、花嫁(金星)、兵士(火星)、獅子(木星)、
ペルシア人(水星)、太陽の使者(太陽)、父(土星)

ん・・・?月から金星?どこのGレコですか?
まあ、その先に水星(ヘルメス)が来ていないので
偶然なのかどうか不明。

獅子位の者は手に蜂蜜を注いで清められた。
そういう信者は「蜂蜜を注がれし者」という称号を持つ。

これがキリスト教の「油注がれし者」と
似ているのか似ていないのか微妙。
ベタベタしそうな感じだけは似ているか。

ローマのサンタ・プリスカ教会地下のミトラス神殿から
発見された壁画には、花嫁用のヴェールをまとった
「花嫁」位の信者がランプを持つ姿で描かれており、

花嫁は聖書にもよく出てくる。
バテレン信者は自らを神の花嫁に喩える。例えばマタイ伝25章。
しかもこのマタイ伝25章はランプの油について
ゴチャゴチャと書いている。
というか、ミトラ教は女人禁制なのになぜ「花嫁」なのか?
ホモ同士でも花嫁と言うのだろうか?
この辺ほじくり返したら何か出てくるか?ちょっと不明。


更に子子子子子ツイートから引用。
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/734400537513328641

ミトラス教の遺跡で発見されることがある廃棄用竪穴からは
牡牛、野猪、羊、鳥類などの骨が出る。
牡牛が手に入らなかったり高価である場合は、
他の手近の動物の肉(たいていは小家畜)で我慢するか、
肉の代わりには、パンと魚を、血の代わりには葡萄酒を用いた。

牛も羊もキリスト教に縁のある生き物だ。
それどころか「パンと魚」のセットと言えば
キリストの有名な奇跡がある。マタイ伝14章。

勿論、パンと葡萄酒といえば最後の晩餐でもあり、聖餐式だ。

原始キリスト教会のユスティヌスは、
パンと水がミトラ教の密儀で使われたと記している。
水を使うことでブドウ酒を避けている。

葡萄酒と水が入れ替わるか。実はキリストの奇跡のひとつに
水を葡萄酒に変えるというものがある。ヨハネ伝2章その他。

キリスト教徒のテルトゥリアヌスによると、
ミトラス教の聖餐式はキリスト教の聖餐式の
悪魔的模倣であるという。
ミトラ教では復活の儀式も行っていたという。
ユスティヌスによると、ミトラ教徒は聖餐式にて
キリスト教と似た決まり文句を使った

また、ミトラ教信者は両手に刻印を押されたり、
額にT字形の刺青を入れたとのこと。
ミトラ教が大流行していたせいで、
皇帝の肖像画の中にすらデコにTの入っているものがあるらしい。
いや、それどころかTの字と言えばガンダムだ。
Gレコ26話終盤や
ターンA40話前半で「なぜか」「わざとらしく」
鯨が尻尾を海面に跳ね上げる描写が出てきた。

まさかあれは尻尾がTの文字みたいに見えるからか?
ミトラ教=T字の刻印=刻印の場所は手=十字架の聖痕
しかも十字架の古い形は十字ではなくT字
キリスト教の十字架とミトラ教のT字がシンクロしてきた。
ミトラ教で刻印を入れるのは手だけではない。
額に入れる事もある。ここで思い出されるのが黙示録だ。
「手か額に刻印」と書いてある。13章16節。
1箇所ならともかく2箇所ヒット。くさい。
キリストの十字架刑の場面でも額には茨の冠が被せられた。
手の釘や脇腹の傷(ロンギヌスの槍)と合わせて
キリストの負傷箇所のひとつに挙げられる。


更に言えばクジラそのものがキリストの象徴とも取れる。
「イメージシンボル事典」によると
クジラはキリストとその復活を意味する。
聖書にクジラなんか出てきたっけ?と一瞬違和感を覚える。
しかしヨナ(旧約聖書のヨナ書)が3日3晩大魚の腹の中にいた。
そして、キリストは死んで3日後に甦った。これは似ている。
ヨナ書では大魚とのみ書いてあってクジラとは書いていない。
参考→BHS
しかし人間を丸呑みできる魚などクジラ以外にはそうはいない。
よってヨナ書→クジラ→3日間死に瀕して生還→キリスト
クジラとキリストがつながった。

という事でミトラ教のT字の刻印と
キリスト教の十字架はシンクロ率が高い。

更にキリストとミトラの両方とつながるクジラが
出るのは意図的な可能性がある。
(尻尾はT字に見える=ミトラ
そしてクジラとキリストがつながるのは先程説明済み)
Gレコでクジラが尻尾を跳ねあげるのは
尻尾がTの文字みたいに見えるからか?
海面は地球の表面だ。そこにT字の巨大十字架(尻尾)が立つ。
どこのサードインパクトですか?
そう言えば新劇場版エヴァでは爆発の時に
十字架形の炎がよく出てくる。

これ(↑)なんぞは御丁寧に虹(神の契約の印)すら付けている。
(新劇場版のサキエル戦)
あれも同じシンボリズムなのだろうか?
で、あれが、もしかしてミトラ教だった?
単に形だけの問題ではない。
星座にも、くじら座がある。場所は魚座、牡羊座の近く。
このへんキリスト教率が高い。
魚は「イクスース」でキリスト。
羊も「よい羊飼い」でキリスト。
更にその先には牡牛座のバアルくんもおるでよ❤︎
うちゅーじん系でちょいちょい出てくるプレアデス星団も牡牛座。
勿論ヤツらの好きなオリオン座とかシリウスも出てくる。
例えばアレイスター=クロウリーはシリウスの生命体のエイワスと
チャネリングしたと称していた。
オリオンの三ツ星もヤツら好みである。
占星術や星座の勉強もしたいな。

契約、死と再生、12月25日、花嫁とランプ、牛、羊、
パンと魚、葡萄酒と水、油注がれし者、聖餐式、
手か額に刻印、偉いランキング1位は「父」、女人禁制

3つ4つならなら偶然だろうがここまでくると実に臭い。

ここらへんから子子子子子は
「ミトラ結社の離反者がキリスト教を作った可能性」
との推理を展開。

さあ、それはどうかな?
とりあえずミトラ教は秘密主義だった。
内部事情は信者以外には非公開だった。
儀式は窓の無い建物内で行ったりしていたらしい。
だからキリスト教とシンクロ率が上がるほど
内通者か裏切り者か「何か」がいた可能性も上がる。

ミトラ教は最初は下級兵士の間で流行。
しかし、ついには皇帝までが信者になったという。
さあ、裏切り者はいたのか?誰が?なぜ裏切ったのか?

それとも最初からミトラ教自体、ヤツらが
支配宗教・世界教を作るテストケースだったりはしないか?
キリスト教はミトラ教の改訂版として作られた可能性だ。
国立競技場のデザインコンペみたいなものか?
A案B案C案で競って一番優秀な(?)ものが採用・・・?


裏切りではなく、「初めからそのつもりです(キリッ」
「計画通り(ニヤリ」というパターンかもしれない。

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」

2016年5月21日土曜日

fate GOやりたい。そしてカミサマとは何者か?

私はfate GOがやりたい。
いや、RPGとかチマチマレベルを上げるのは苦痛だ。
他に読みたい本、やりたい事はある。
私がfate GOに興味を持った切っ掛けは大帝がうpした画像。
臭いセリフが出てくるので、そのキャラや前後のストーリーを
チェックしてみたいと思った。

しかし動作環境が意外と厳しい。だから困っている。
まず、私のモバイル端末はipod touch第5世代。
これはfate GOの動作環境を満たしていない。
iphone5なら動作環境を満たしているらしい。

私が興味を持ったセリフというのはこれ。
メディアというキャラのセリフらしい。
「一体の人形を間引くだけで、その被害は何倍にもなる。」
「人間の考える神さまってヤツが、世界を作った後に

手を出してこないのはそういう事よ。
「どんなに被害が広がっても、創造主(そとのもの)は

外から見ているしかないの。」
「異常の原因を最小限の被害で済ませるには、

中に入って当事者になるのが最適という事よ。」

キリスト教あたりでは、カミサマはどこか上にいる絶対者。
ニャンゲンとは明らかに別物。造物主と被造物の関係。
隔絶している。超越的。絶対的。
一方東洋、例えば仏教では人間が「成仏」する。


仏と神様は別物のような気もする。
しかし「偉いランキングの1番」という

非常に雑なくくりでは同じものだ。

西洋、特にキリスト教ではニャンゲンは

どこまで頑張っても1番にはなれない。
しかしそれは表向き・顕教での話ではなかろうか。
密教・ウラではまた違うと思う。
密教・ウラとはカバラ、グノーシス、タロット、ホロスコープ

その他の世界。
勿論こういう世界は、一歩間違えればヤツらの

トラップにハマる世界だ。だから要注意な世界ではある。
しかしオモテだってトラップまみれではないか。
いや、オモテそのものが、キリスト教そのものが

丸ごとトラップとも言える。

さて、このウラにおいてはニャンゲン様がカミサマになる。
偉いランキング1番になれる。
ここ「だけ」を強調して仏教との共通性を
やたらと誇張するこうさくいんも若干名いる。

確かにそこ「だけ」見れば仏教的と言えなくもない。

wiki テレマ

セレマ(Thelema)は、「汝の意志することを行え」という
規則や法に基づいた人生の哲学である。


例えばこれなどは「ウラではニャンゲンが神になる。」
の実例ではなかろうか。

「汝の意志することを行え」とは、
範馬勇次郎的、エゴイスト的、ワガママ放題的だ。
しかしこのテレマの語源はコイネー。
主の祈りにも出てくる。ギリシア語の主の祈りはここ等参照。
θέλημά ← これがテレマ
 

「天にまします我らの父よ(中略)
御心の天になる如く地にもなさせ給え」
この御心こそがテレマ。一般には"will"と訳される。意思。
思う事、考える事が神の御心そのままなら
ワガママ放題のようでも、神の御心に背いてはいないだろう。
結局ワガママな所は変わってないような気もするがw

「不惑」で有名な論語の一節も 70が従心だ。
七十而従心所欲、不踰矩。

七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
「行住座臥をえらばず」的。「歩けば則ち武」的。
「大道無門」的。テレマ乙。

何もクロウリー等あやしい系だけの話ではない。
聖書を読んでいても「ニャンゲンが神になる」のを
暗示している可能性のある箇所は無い訳ではない。

例えばガラテヤ2章20節。
もはや我生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり。

自分が生きているのではなく
神が我が内に宿って生きているという事。
我が身を神の宮となして、神を受け入れるという事。

例えば有名な賛美歌にこういうものがある。

天なる喜びこよなき愛を携え降れる我が君イエスよ
救いの恵みを顕に示し卑しきこの身に宿らせ給え
命を与うる主よ留まりて我らの心を常宮となし
朝に夕べに祈りを捧げ称えの歌をば歌わせ給え
我らを新たに造り清めて栄えに栄えを弥増し加え
御国に昇りて御前に伏す日御顔の光を映させ給え


賛美歌352番だ。
私はこういう「我が身を神の宮となす」という考えが

カモワンタロット16番ラメゾンデューに似ているとも思う。

黙示録を見ていても22章に「天使を拝むな」という一節がある。
三位一体なら、天使だってカミサマだろうに。
天使を拝むなという理由は「ただ神のみを拝せ」との事。
それだけならまだしも
「私は、あなたや、あなたの兄弟である預言者たちや、
この書の言葉を守る者たちと、同じ僕仲間である。」

あれ?シモベ仲間だったのか?
あれ?あなた三位一体でカミサマだったのでは?


ちなみにこの「僕=シモベ」。ギリシア語ではドゥロスだ。
意味は奴隷(爆笑)
奴隷になって喜んでるアホウどもがキリスト教徒だ。
そりゃ、飼い主が高潔な人格者だったら
ひょっとしたら奴隷生活もまんざらでもないかもしれない。
しかしヤハウェやイエスに高潔とか
無い物ねだりも大概にしろって話だ(笑)
ギリシア語が分からないデクノボウどものために
私が持っている対訳版聖書の画像を貼っておいてやる。
勿論ネストレ・アーラント準拠。
赤矢印の所。ふぇろーすれいぶ(笑)
天下のぐーぐる先生に翻訳させても「奴隷=どぅろす」と
はっきり答えが返ってくるんだが?
罪を贖われただの、罪を許されただの
そもそも罪が何なのかすら知らないまま
キャッキャ言った結果が奴隷生活への転落だ(笑)
アホウは頭の中がお花畑で毎日幸せそうだな(笑)

アホウは放置しておくとしても
ニャンゲン様の偉いランキングは少なくとも天使クラスらしい。
(奴隷同士だからドングリの背比べだけど・・・笑)
・・・しかし、三位一体なら天使イコール神様・・・
・・・あれ?・・・ニャンゲン、天使、神様が横並び?。

・・・あれ?・・・じゃあニャンゲン=カミサマ?
・・・あれ?天使を拝んだらあかんやで、ならば
カミサマを拝んだらあかんやで?

ここまでは「こうさくいん」の主張通り
神人合一的、成仏的な点で西洋系と仏教が一致してはいる。
しかし神 or 仏になった後が大違いではなかろうか。

例えば般若心経は無について熱弁をふるっている。
一方、西洋系はオモテもウラも無にはいかない。

例えばキリスト教では永遠の命を得て神を賛美しながら

永久に天国でくらす。
タロットでも21番のルモンドで手に持ってるのはエリクサー。
永遠の命が手に入るおクスリだ。

ついったー記事まとめ ねぷちゅーんパイセンまじかっけーっす

過去記事より。
ヤハウェくんについて探っているとネプチューンが話題に出た。
そこからポセイドンのwikiを見た。リンク
これ・・・サクッとバアルポーズじゃないのか? 内容も面白い。

最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇る。
海洋の全てを支配し、全大陸すらポセイドーンの力によって

支えられている。
怒り狂うと、強大な地震を引き起こして

(中略)
ティーターノマキアー(ゼウス軍とクロノス軍の大戦争)の際に
キュクロープスから贈られた三叉の矛を最大の武器とし、
(中略)
 
キュクロプスは単眼の鍛冶の神で雷属性あり。
というか、メインの武器が貰い物なのか。
ゼウスの雷もキュクロプス謹製。キュクロプスもくさいな。
 

また、山脈を真っ二つに引き裂いて河の通り道を造ったり、
山々と大地を深く切り抜いて海中へと投げて島を造った

(中略)

ほう・・・キミ、紅海をふたつに裂いた事は無いのかね?
出エジプト参照。
馬との関わりが深く、競馬の守護神としても崇められた。
故にその象徴となる聖獣は馬、牡牛、イルカであり、聖樹は松。

(中略)

牛くんキタワァ*・゜・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜・*
巨人族との戦争であるギガントマキアーにもポセイドンは参戦し、
火山や島々を投げ飛ばしては巨人ギガースを戦闘不能にさせて

(以下略)
山を投げるとか奇行に走るのは聖書を思い出す。

マタイ伝17章20節
もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、
この山にむかって「ここからあそこに移れ」と言えば移るであろう。

ルカ伝17章6節では山ではなく、なぜか桑の木だが。

黙示録8章8節
第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。
すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、

海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、

実にいい感じで臭いカミサマだ。


ネプチューンはローマ神話ではネプトゥヌス wikiリンク

元々どのような神であったかはよく分かっていないが、
泉や河川、湖沼を司る水の神であったとされる。
後にギリシア神話のポセイドーンと同一視され、
馬の神としても崇拝されるようになったため、
ローマ神話の馬の神コーンススとも同一視されるようになった。

 (中略)
ネプトゥーヌスは語源的にケルト神話のネフタンや
インド神話・イラン神話のアパーム・ナパートと

関連性が指摘されており、
いずれも古いインド・ヨーロッパ語族系神話の水神に

起源を有すると考えられている。 

創世記1章には天地創造以前が書いてある。
地は形なく虚しく、神の霊が云々。これは四大元素ではないのか。
地は形なく=「地」 神の霊=「風」 その霊が「水」の面を吹く。
しかし「火」はどこだ?と思っていたら、こんな所で「水中の火」か。

水が先で火が後。この順番は聖書を見ていても出てくる。
例えばバプテスマ。

マタイ伝3章11節
私は悔改めのために、水でお前たちにバプテスマを授けている。
しかし、私の後から来る人は私よりも力のあるかたで、
私はその靴をぬがせてあげる値うちもない。
この方は、聖霊と火とによってお前たちに

バプテスマをお授けになるであろう。

マルコ伝1章8節、ルカ伝3章16節、ヨハネ伝1章26節27節にも

よく似た記述はある。バプテスマはヨハネが「水」で授けた後、
「聖霊と火」でイエスが授けるそうな。「水の次に火」だ。

また、神の裁きにしてもそうだ。
神が地上の生物を全て滅ぼす時に洪水を使った。

水による裁き。ノアの方舟。
その後神は二度とこういう事はしないと

生き残ったノア一家に約束をしている。創世記9章8〜17節。
ところが何を思ったのかペテロが変な事を言い出した。
水の次は火による裁きが来ると言い出した。。
あれ?カミサマの約束を反故にするとか、あなた何様ですか?

ペテロの手紙2 3章7節
しかし、現在の天と地とは、火で滅ぼされるために、
同じ御言葉によって取っておかれ、
不信心な者たちが裁かれて滅ぼされる日まで、

そのままにしておかれるのです。

実はこのペテロ第二の手紙はこの直前も面白い。

ペテロの手紙2 3章5節6節

すなわち、彼らはこのことを認めようとはしない。
古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、
また、水によって成ったのであるが、 


その時の世界は、御言により水で覆われて滅んでしまった。 


あれ・・・?水が元で地ができた・・・。
確かに創世記の1章にはそういう記載がある。

実は大帝ブログに面白い記事がある。

ウパニシャッドの創世神話の和訳だ。リンク
 

初めに、ここには全く何もなかった。まさに死によって、
これは覆われていた、飢えによって。
なぜなら死は飢えだからである。
「私は体を具えるようになろう」と、死は決心した。
そこで死は讃歌を歌いながら行った。
それが讃歌を歌っていたときに、水が生じた。

(中略)
そこで水の泡であったもの、それは凝固して大地になった。
死はその上で苦労した。それが労苦によって疲れ、熟した時に、
それの熱=精髄は火になった。
それは自己自身を三重に分けた。
三分の一を太陽に、三分の一を風に。
これが三重に分けられた息である。それの頭は東の方角である。

(中略)
それからその身体は馬になった。 

死→水→地→火→風。薔薇十字で言えば時計回り。
勿論「水が先で火が後」 ペテロの手紙2にも近い。
サクっとポセイドンパイセンの「馬」が出てくるのも気になる。
そして頭は東。これってLBRP? 何だ、このシンクロ率は?
偶然か?聖書のパクリ元がここなのか?ちょっと考え中。


しかも画像検索していたらこんなもの発見。

ケテルがプルート。ネプチューンはコクマーだ。
こっちの方がネプチューンがトップに来るよりウパニシャッド的。
このジグザグの流出でもケテルの次はコクマー。
まず最初が死=プルート。次が水=ネプチューン。
ウパニシャッド乙。

ネプトゥヌスwikiに戻る。

水中に神聖な炎があり、この炎は手出しをしてはいけないか、
または穢れのない人物しか触ってはならなかった。
しかしあるとき、そういう資格を持たない人物が

炎を手に入れようとして失敗した。
炎の周りの水はあふれ出し、そこから河川が誕生した。


「炎の周りの水が溢れ出し」は、カバラの

アイン、アインソフ、アインソフオウルとは関係が無いのか?

若しくは、水=女、火=男と考えるなら

「水の中の火」とは女が息子を宿してる象徴とも取れる。
そして「資格のないやつが炎を手に入れようとして失敗」。

その結果水が流れ出した。
グノーシスではデミウルゴス(クソ神)が天地創造をした。
資格のないヤツ、そいつってヤハウェくん?ヤルダバオート?

このへんをtweetしていると、むっしゅとまーてが教えてくれた。
@mryensrh11

ウパニシャッドによると「水」は 「火」で出来てるらしい。
「水」は「火」を食べるので「水」の栄養源は

「火」の はずなんだーッ‼︎って理屈らしいです。

水剋火
! 陰陽五行乙!

ポセイドンの聖樹は松。
確か私は「キリストの再臨の時には松の木が手を叩いて喜ぶ」

と聞いたような気がする。
しかしこれはぐぐっても出てこない。とりあえず聖書の中には無い。
何か別の木と記憶違いを起こしているのか考え中。

このあたりを呟いていると猫猫たんから
「イメージ・シンボル事典」情報が飛んできた。

マツ
・船舶。船の竜骨は松で作られた
・常緑樹なので不滅性、不老長寿の象徴
・燃えやすさと形状から創造的で男性的な火
・春の豊穣神アドニスやアッティスは

 秋に松の木の下で殺or去勢された
・ミトラ教では太陽と関連
・象徴や神話では松とモミはしばしば混同される


モミ
・樹型は円錐orピラミッド形
・よく松と混同
・砂質の海風の強い土地に繁茂
・常緑樹で炎の樹型なので火、太陽、生命
・両性具有
・アルテミスに捧げる誕生の木として

 キリストの降誕図でも知られる
・船、特にオールの材料。ポセイドン-ネプトゥヌスに捧げる
 


ミトラ教、竜骨、キリスト教、ポセイドン。
色々シンクロ率が上がってきた。 
クリスマスツリーがモミの木なのも何か臭く思えてきた。

いや、それどころかこういう記事がある。→リンク
レバノン杉の栄光と衰退、そして復活の物語②という記事だ。
この中に安田喜憲のちくま新書の著作からの引用がある。
「森と文明の物語 ― 環境考古学は語る」の
「第1章 香わしき森の悲劇」からの抜粋らしい。

レバノンスギはスギという名前がついているが、
スギの仲間ではない。マツの仲間の針葉樹である。
レバノンやトルコの地中海沿岸の山地に主として分布
(中略)
樹高は30メートル以上に達する。
材質はたいへん硬く、かつ腐りにくい。
このため、船材やマストには最適だった。

実に重大な内容ではないか。
ヤハウェの神殿はレバノンスギで作られた。(旧約聖書 列王記上)
そのレバノンスギの正体はマツ。
そしてポセイドンぱいせんの聖樹はマツ
しかもフェニキアは海洋民族だから船は重要アイテム。
聖樹マツは船の材料としても重要。
しかも長期航海では「くる病」対策にマツヤニが使われるらしい。
(↑ねこた先生情報)

フェニキア、ポセイドン、ユダヤ、ヤハウェ・・・
こいつらがマツというキーワードでつながっている。
これは偶然か?必然か?

・・・再燃するヤハウェの中の人はポセイドン疑惑
ヤハウェとは何者なのか。
インドイランの本丸とはどうつながるのか。 大きいテーマだ。

ところでインドイラン系と言えば
ゾロアスター教パイセンを忘れてはいけない。
wikiを見ているとサラッと聖書的な一文が出ていた。

クスティののち履物を脱いで建物に入り
聖火の前に進んで、その灰を自分の顔に塗って
聖なる火に対して礼拝を捧げ


聖なる炎、靴を脱げと言えば、出エジプト記3章5節
神は言われた、「ここに近づいてはいけない。
足から靴を脱ぎなさい。

あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。

色々と宗教を比較していると面白い事を言い出す人が出てきた。


アフラマズダの国古代のペルシアはアスラ(阿修羅)の国として
インドでは敵対していますからね。
インドの不死の霊水アムリタ(アムルタ)は

不滅の女神アムルタートですが。
まあ乾燥している地域と密林の地域では

考えが正反対で当たり前ですが

ふむ。いい意見だ。

最後はお約束のひと言うをオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。

2016年5月14日土曜日

珍説、もとい、新説・時間はオートリバースであるという仮説

過去にツイッターでも書いたが、私は
「時間はカセットテープのオートリバースの状態で
延々と再生と逆再生を繰り返している」
「しかも"今"は逆再生の最中である」と思っている。

オートリバースとはA面→B面→A面→B面...の再生。
私の言う「時間はオートリバース」というのはこれとは少し違う。

私の言うオートリバースは
順送り再生と、逆送り再生を繰り返すという意味だ。
リピート再生とも違う。適切な表現が無い。

だから便宜上オートリバースと呼んでいる。

私は子供の頃、宇宙に関する本を読んだ。
その中でビッグバンに関して3つの仮説が書かれていた。

(1)このまま宇宙は膨張を続ける。

その結果どんどん真空に近づく。

(2)このまま宇宙は膨張を続ける。

しかし新しい星や銀河が生まれるので密度はあまり変わらない。

(3)宇宙は膨張と収縮を繰り返す。

この(3)の仮説が今の私の考えに近い。

しかし、宇宙が膨張収縮を繰り返すのはまだ理解しやすい。
呼吸のように吸って、吐いてを繰り返す。
広がって、縮んで、広がって、縮んで...

しかし、時間の流れが順送りと逆送りを繰り返すのは
随分と珍説に聞こえないだろうか?
ましてや、今現在、私らの生きているこの時間の流れが
絶賛逆送り中だというのは無茶苦茶な話のようにも思える。

例えばヒヨコが成長してニワトリになって
日々エサを食って、タマゴを産み、やがては死ぬ。
これが自然な流れだと私らは認識をしている。

しかし今現在の時間の流れが「逆再生中」であるなら
これが真逆だという話になる。

ニワトリの死体がむくむく起き上がっ歩き出す。
しかも後ろ向きに歩き出す。
そしてウンコやタマゴをケツから吸い上げて、
口からはエサを吐き戻す。
毎日毎日そんな奇行を繰り返すうちに
ニワトリはどんどん小型化していきついにはヒヨコになる。

しかもタマゴの中に入っていって親鳥のケツに吸い上げられる。
 

これが本来の正しい流れ、あるべき姿だという主張だ。
随分とメチャクチャに聞こえるが、
これが「メチャクチャである」と認識する
その視覚、その思考、その発想、それら全てが

「逆」なんだとしたら?・・・そういう問題提起である。
しかも、この珍妙な奇妙奇天烈な流れこそが
「本来の姿」であり、「あるべき姿」だという主張である。

いや、もしくは逆か。

今現在、現実世界におけるニワトリは実は
「ケツからタマゴを吸い上げて口からエサを吐き戻している」

真っ最中だとも言える。
私達の「認識能力」までが逆回しなせいで

そうは見えていないだけという可能性だ。

そんな可能性が想定できる根拠のひとつは
「夢の世界では時間の流れが逆転している」という事だ。
勿論、これは夢の中で
「ニワトリがケツからタマゴを吸い上げて口からエサを吐き戻す」
という意味ではない。

私は別にニワトリの夢を見た覚えはないが
仮に見たとすれば、やはり「ニワトリはエサを食って、

タマゴを産む」はずだ。

(実は最近文鳥の夢を見た。

手乗り文鳥が私の手の上でフンをした夢w
で、フト気付くといつの間にか

そのフンが輪切りのキュウリになっていた。
しかも文鳥がそのキュウリを自分の肛門に

押し戻そうとしている夢。
これが何の夢かわかるかな?

実はひとつの予知夢になっている。
私のツイッターアカウントを長くフォローしている人なら
あ、いや、アカウント削除したから、フォローしていた人なら
ひょっとしたら分かるかも。閑話休題)

厳密に言うならば、夢の中の世界は
「ニワトリがケツからタマゴを吸い上げて口からエサを吐き戻す」
(若しくはそう見える)世界なのだが
その世界を認識する私達の思考が「逆再生モード」なせいで
「ニワトリはエサを食って、タマゴを産む」ように見える

と言うべきか。

しかし真実・答えがどっちであったとしても
結局「ニワトリはエサを食って、タマゴを産む」
ようにしか見えない・認識できないという事になる。
それが認識上の問題なのか、本当にそうなのかは
ニャンゲンごときには分からない。
夢が順送りの世界であろうが、逆送りの世界であろうが
知った事ではない。
「ニワトリがケツからタマゴを吸い上げて口からエサを吐き戻す」
そんなのキモイから無視すればいいではないか。

・・・と言いたくなるのだが、実はそうは問屋が卸さない。
ある瞬間に

「やっぱり夢の中では、現実世界と時間の流れが逆転している」
と確認・認識ができる。
できないはずの認識ができてしまう瞬間があるという事だ。

フロイトの著書では夢について色々書いてある。
私が持っているのは新潮文庫の「夢判断(上)」

平成5年 49刷版だが、このp41〜p42に
紹介されている夢の例を多少ダイジェストして引用したい。

春の野原を散歩して隣り村まで歩いて行った。
隣り村の人は賛美歌集を持って教会に集うところだった。
そうだ、今日は日曜日だ。私も礼拝に参加しよう。
しかし体が火照っていたので少し涼もうと思った。
だから教会の隣の墓地で墓石の銘を見ていた。
すると教会の人が鐘楼を登る足音が聞こえた。
礼拝の合図をする鐘だ。
やがて鐘が鳴り出した。その音は非常に冴えていた。
そのせいで目が覚めてしまった。あ、夢か。あ、目覚ましね。


似たような経験は私自身もしているし、

読者諸氏も経験があるだろう。
別に教会の鐘ではなかったとしても、何か夢の中で音がして
「うるさいなあ」と思ったら目覚まし時計の音だったという経験だ。

ほらね、これって時間の流れが逆転してるでしょ?
なぜ?どこで?というと、これがストーリーだからである。
起承転結だからである。だから時間の流れが逆転したと分かる。

夢の中には順番が論理的で

整合性のあるストーリー展開の夢もある。
逆にデタラメな流れの夢もある。例えば先程書いた私の夢。
「文鳥のウンコがいつの間にかキュウリの輪切りに変わっていた」
というのは整合性が無い。論理的な夢ではない。

しかし夢の中には論理的なもの、

順序立てて話が展開するものもある。
「1」の次は「2」、「2」の次は「3」、「3」の次は「4」という夢だ。
「1」の次にいきなり「1兆」が来て、その次が「安倍晋三」とか
そういう非合理的な夢とは対立する概念だ。
そういう夢を「起承転結」のある夢と今、呼んでいる。
そして、そういう起承転結のある夢に現実世界が介入する瞬間に
「ああ、夢の世界と現実世界では

時間の流れが逆転しているなあ」と確認ができる。

少し具体的に書いてみる。

=プー閣下がオバマ君と殴り合いをしていました。
=ローマ法王が二人の喧嘩に割って入って言いました。
 「私が魅力的すぎるからって喧嘩はよくないわ。
 それに私、オバマ君ともうデキちゃってるの。」
=プー閣下は「テメー自分の顔、鏡で見たことあるのか?」

 と言って ローマ法王を殴り飛ばしました。
=ローマ法王はぶっ飛んで行って、バカチンの教会の鐘に

 頭をぶつけました。 ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り響きました。
 「うるさいなあ、まったく」 ・・・と思った所で目が覚めました。
 「あ、うるさいと思ったら目覚ましか」

ほらね? 時間の流れが逆転したでしょ?
何何?どこで逆転したのかわかりません、ですと?

あのねえ、そりゃ、始めから逆転してるに決まってるでしょうが。
そうでなくては「夢の世界では、

現実世界と逆方向に時間が流れている」
という事にはならない。
夢の開始時点では現実世界と流れが同じで、
ある特定ポイントで逆転しているわけではない。
逆と言ったら逆だ。
だからそれはストーリー開始の時点で既に逆。

もし仮に「夢の世界も現実の世界も、時間の流れは同じである」
と仮定をすると矛盾点が出てくる。

目覚まし時計を寝る前にセットしたのだからベルが鳴るのはいい。
しかし、なぜ、都合よく

夢の世界にも「うるさい音」が登場するのか?

ここ(↑) ここ大事。大事な事なのでもう一度。
整合性のある夢、合理的な夢を見ている最中に
「あまりにも都合よく」うるさい音が登場するのは非合理的である。
目覚まし時計は私がどういう夢を見ていようがお構いなしに
時間が来ればベルを鳴らすに違いない。
私も寝ている間は今現在何時何分か知った事ではない。
だから夢を見るにしても目覚まし時計がどの時点で介入するか

知った事ではない。

それなのに「起承転結」の流れが
「結」の段階で「うるさい音」が登場してもいいような
まるで「結」を始めから知っていたかのような、
矛盾の無いストーリー展開になるのはどういう事?
矛盾が無いという矛盾・・・を指摘している。

あまりに話の展開の都合が良すぎるのだ。
始めから「結」がどうなるのか見越しての展開だから

デキスギなのだ。
もし今が何時何分か分かっていて、

目覚ましが何時何分に鳴るのかも覚えていて
その時間に合わせて都合のよい夢を見ることができるのなら
そもそも目覚まし時計なんかいらないはずだ。

時間が分からない。

まして目覚まし時計なんか存在すら忘れてしまっている
その前提で考えるなら、

次のような起承転結になるのが自然ではないのか?

=プー閣下に悪の枢軸がジェットストリームアタックを

 しかけてきました。
=先頭のオバマにプー閣下必殺の左ミドルが炸裂しました。
=二番手のネタニヤフに

 プー閣下必殺の右アッパーが炸裂しました。
=三番手の安倍晋三にプー閣下必殺の
・・・
 ・・・え?何?なんかめっちゃうるさい。
 何何? いきなり何ですか? これは何の音ですか?
 ・・・ハッそうか。目覚ましだ。あー、時間だ。起きなきゃ。

(一例として)こういう流れでなくては不自然である。
「なんかいきなり」「なぜか突然」「唐突に」
うるさい音が聞こえてくるというのでなくては不自然である。
起承転結の中に脈絡なく、

目覚ましが割り込んでくる展開でないとおかしい。
目覚ましの登場に関しては整合性がない事こそが整合性だ。

フロイトの紹介した夢の例だと
目覚まし時計の音が教会の鐘に聞こえるのは別にどうでもいい。
だけど、隣り村まで歩いて、教会に到着して、
あ、そうだ今日は日曜だから礼拝に参加しようと思って
ちょっと休憩と思ってたら鐘楼に人が登っていて
ああ、礼拝開始の合図かと思ったらその音がやたらうるさくて・・・

おい、これ始めからストーリーが「教会の鐘」という
ゴールを目指して進んでるじゃねえかっていうツッコミ。
なぜ始めから音を鳴らす気マンマンで

ストーリー展開しちゃってるの?というツッコミだ。

整合性のある流れ、合理的な夢の中で音が聞こえてくるなら
始めから音が聞こえる事を想定して、前提として、

脚本が存在したのか?というツッコミだ。

では、ここで時間軸を逆にして考えてみる。
「起承転結」ではなく「結転承起」で考えてみる。
オチをスタート地点として考えてみる。


このうるさい音は何ですか?
これはバカチンの教会の鐘の音です。
なぜ、バカチンの教会の鐘がうるさいんですか?

それはローマ法王がぶっ飛んでいって頭を打ち付けたからです。
なぜローマ法王はぶっ飛んで行ったのですか?

それはプー閣下が殴り飛ばしたからです。
なぜプー閣下はローマ法王を殴り飛ばしたのですか?

それはローマ法王がキモイ事を言い出したからです。
なぜローマ法王はキモイ事を言い出したのですか?

それはローマ法王が喧嘩を止めたかったのです。
なぜローマ法王は喧嘩を止めたかったのですか?

それはプー閣下とオバマ君が殴り合いをしていて、
法王とお尻合いのオバマ君が殴り殺されそうだったからです。

ほらね。むしろ「結」の部分から考えた方が自然。
「音」ありきでストーリーを考えた方が自然。
都合のよすぎる箇所、非合理な合理性が無くなる。

よって夢の中では時間軸が逆に流れているという

仮説が登場した。
それを私達は夢とは逆の時間軸で認識・知覚・解釈している。
だから「通常モード・現実世界モード」のように

見えてしまうという仮説だ。

目覚まし時計の音が鳴ってから

そういうストーリーを展開させたのか?
普通に再生したら何十秒もかかる夢の場合だってあるのでは?
何十秒もの間、実は目覚まし時計は鳴りっぱなしだったのか?
そこまで長い夢を見ている間に目が覚めるのではないか?
・・・というのは別にどうでもいい。
時間は伸び縮みをする。少なくとも体感的には伸び縮みをする。

例えば交通事故に遭った時に

周りがスローモーションで見える経験。
実体験をした人は少数でも、話としてはよく聞くだろう。
極度の集中状態では通常の何倍もの処理速度で脳が働く。
だから通常再生での認識では何十秒の夢でも
集中状態ではほんの2、3秒だとしても別に不思議ではない。
或いは、本当に目覚ましが鳴り始めてから何十秒夢を見て
そこで初めて目覚めたという事もあるかもしれない。

では仮にそうだとしても夢の中こそが「順送り」で
現実世界が「逆送り」だという根拠は何か?
むしろ現実世界が「順送り」で
夢の中が「逆送り」だったりはしないのか?

これには根拠となるものがいくつかある。
ひとつは聖書。「聖書の中では過去と未来が逆転している」

マイケル=ドロズニンの「聖書の予言」を読んでいたら
この話題が紹介されていた。

だから時間軸に囚われない視点、時間を超越した視点だと
(それがカミサマかどうかはどうでもいい)
今の現実世界の流れは「逆再生」に見えるのでは?
という事になる。

(「聖書の予言」そのものはパチモン、トンデモ系なので注意。
また、ヘブライ語は時制が日本語や英語とはかなり違うので
単純に「過去」「現在」「未来」というのとは違う。)

他にも「リバース・スピーチ」水守啓著 学研 2013年刊

という本がある。
この本の中に人が喋る声を録音し、逆再生すると
「本音」や「隠されたメッセージ」が聞こえるという内容が出てくる。
やはりこれは「逆」こそが「本流」「正統」だからではないのか?
また赤ちゃんの喃語も

(1歳児等がアウアウと意味不明な発音をするアレ)
逆再生すると「普通の」コトバとして聞き取れる事があるという。
つまり、この本の主張によると、
元々人間はリバーススピーチ、逆再生での喋りを学習し
次にそれを「リバースのリバース」
つまり一般人の考える「普通」の喋りに矯正している事になる。

他にもよく、音楽のレコードやCD等を逆再生すると
サブリミナルメッセージが見つかるという話題も
読者諸氏は聞いた事があるのではないか?
例えばビートルズ。或いはきゃりーぱみゅぱみゅ。
youtubeにもそれ関係の動画はよく上がっている。
「きゃりーぱみゅぱみゅ 逆再生」で

google検索すればドカドカ出てくる。
これもやはり、人間は元々「リバーススピーチ」こそが

本来の流れなので
だからこそサブリミナルメッセージに反応するのではないか?
(私達が、サブリミナルメッセージに

どの程度反応しているかは別として)

或いは旧約聖書の創世記。天地創造の時に
「夕となり、また朝となった。第○日である」

と1日ごとに書いてある。
これも間接的にはオートリバース説の証拠である。
そもそもユダヤ教では日没が一日の始まりである。
だから「夕となり、朝となった」とまず「夕方」を先に持ってくる。


まあ、我々の一般の基準でも一日の始まりは0時=夜中だ。
始まりの基準点が妙な位置なのはお互い様かと思っていた。
しかしよく調べたらおかしい。明らかにおかしい。
ヘブライ語で「一日」は「ヨム」と言う。
この「ヨム」は「一日」という意味の他に「日中」という意味も持つ。
まず夕方から一日が始まった。そして朝になった。
夕方から朝までは、どう考えても「夜」だ。
それなのに、それが「ヨム」=日中なのか?
私は最初、自分が日中という訳語に囚われすぎなのかと思った。

=太陽が出ている固定観念に縛られているのかと思った。
しかしBHSの創世記1章5節を見るとそういう問題ではない。
原文は以下。
וַיִּקְרָ֨א אֱלֹהִ֤ים לָאוֹר֙ י֔וֹם
ゔぁいくらー えろひーむ らおうる よむ
 

「おうる」とは「アインソフオウル」の「おうる」つまり光。
よってここで 「オウル(光)をヨム(日)と名付けた」と書いてある。
その光=ヨムが夕方に始まるというミラコー。

夕方から始まるのはどう考えても夜=闇だ。

この矛盾を解決するのはオートリバース説だ。

ニワトリがケツからウンコを吸い上げて口からエサを吐く世界では
太陽は西から昇って東に沈むに違いない。

また、BHSのでは天地創造に関しては毎日

「夕となり朝となった」と書いてある。
「夕」はヘブライ語でエレヴ → ‎ערב
このエレヴ(夕方)がヘブライ語の「西」に似ている。

ヘブライ語で「西」は → מערב
 

4文字中3文字が一致。くさい。
ヘブライ語には「語根」がある。
そのため似ている言葉は関連語、派生語の事がよくある。
たとえばアダマー(土)から作ったからアダムとか。
イシュ(男)から作ったからイシャー(女)とか。
日本語で読んでたのではイマイチ、ピンとこないものも
ヘブライ語で読むと納得できる事がある。
日本風に言えば「桃から生まれた桃太郎」みたいなもの?
だから西と夕方も関連があったり、元は同じ単語の可能性がある。


つまり、これは「夕となり朝となった」が
もしかして 「(太陽が)西から東へ移動した」と
翻訳できる!・・・のかもしれない。 オートリバース乙
まあ、この説は「朝」と「東」が似てないので

結構胡散臭いのだが・・・だめじゃんw

他にもこれ→リンク
コルトーナ(Cortona)教区美術館のテンペラの板絵
「受胎告知」(Annunciazione)だった。
15世紀のドメニコ会厳格派の修道士であり画家であった
Beato Angelico フラ・アンジェリコ、
俗名、グイド・デイ・ピエトロの1433年頃描いたと宗教画である。
回廊に座って聖書を読んでいたマリアのもとに
大天使ガブリエルが舞い降り救世主キリストの受胎を告知する。
ラテン語で

「聖霊が汝に臨み、いと高き者の力が汝を覆うであろう」
と上下二行に分けて書かれ、マリアの返答
「私は主のはしため。お言葉通りこの身になりますように」が
その間になんと上下逆様に記されている。
天使の言葉は順方向で書き、
マリアの言葉は逆に書いたのはなぜだろうか。
それは天上の神に読まれるためという事である。
人の言葉は天から見れば逆になるらしい。

ほらね。天使とは何者なのか、処女懐胎が本当なのか
そんな事はどうでもいい。
アッチの世界からコッチの世界を見ると逆に見えるのだ。

このリンク先は太陽=エル=AR は逆にするとRA=ラー
月=ミューア=MUA は逆にするとAUM=オーム

等なかなか面白い。

と、いう事で時間の流れは、「逆送り」こそが「順送り」であり
しかも夢の中では今でも「本来の」「正統な」流れが
続いているという事になった。(いや、まだ仮説ではあるが)

では、順送りと逆送りがあったとして
しかも、現実世界が今現在、絶賛リバース中であるとするのなら
「あれ?どこで逆送りに切り替わったの?」という疑問が出てくる。
あるべき姿、本来の姿がまずあったからこそ、
だからこそ「今」が「逆」なのだ。
つまりどこかに「ターニングポイント」があったのか?
という疑問が出てくる。
すると、この先だってどこかに「ターニングポイント」が
あるかもしれないという事になる。

ここで思い出されるのが太極図だ。

「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず」という事。
「順送り極まればリバースに転じ、
リバース極まれば順送りに転ず」という事。
これをひとつの喩えとして「オートリバース」と私は呼んだ。

しかしこう考えると聖書は恐ろしい。
「ターニングポイント」とやらがいつあったのかは知らないが
少なくとも1000年や2000年レベルの最近には無かったはずだ。


いや、もしかしたら私が認識できていないだけで
ひょっとしたら昨日か今日に「ターニングポイント」はあったのか?
何しろ私は時間を超越した存在ではない。
だから時間が逆転すれば同時に私の体感も認識も逆転する。

・・・多分。
だから時間が逆転しようが何ひとつ違和感は感じないはずだ。
いや、「目覚まし時計の夢」を検証すればいいのか?・・・多分。

しかしだからと言って、時間を超越した存在、

例えばカミサマが聖書を書いたとか、そういう事は無い。
聖書はあまりにもパクリや捏造が多すぎる。
仮に時間を超越したカミサマとやらがいたとすれば
カミサマが書いたのは聖書の「パクリ元」の方だろう。

しかし、そのパクリ元の著者は恐ろしいニャンゲンだ。
時間を超越した視点を持てるとは一体何者だろうか?
暁美ほむらか何かだろうか?

いや、実はこういう超越的視点というのは
意識していれば時々見つかる。
例えば英語で10月はオクトーバー。これもおかしい話だ。
オクトは8を意味するからだ。例えばオクトパスやオクターブ。

これはフランス語の勉強をしている時に
NHKのラジオ講座でレナ=ジュンタが言っていたのだが

(2012年1月17日放送 44課)
「この2ヶ月のズレ」は元々
「名無しの月が2ヶ月あった事に由来する」そうだ。

これを聞いた時私は恐ろしくてゾッとした。
常識で考えればいい。ある程度文明・文化が発達して
カレンダーなり暦なり作るようになるからこそ
だからこそ、月の名前が決まるはずだ。
それなのに、なぜわざわざ名前を付けない月を残す?
しかも2ヶ月も残すのはなぜだ?
会話しにくくてしょうがないじゃないか。
もしその当時の社会全体がその日暮らしの無計画な社会で
来月や再来月なんて話題にすら出ないのなら
そもそも暦自体作らないはずだ。

作るのならちゃんと作れ。この手抜きは何だ?私の仮説はズバリ、
「名無しの二ヶ月は名前が存在しなかったのではない。
名無しの二ヶ月は月そのものが存在しなかった。」←これ。

名前は対象が存在しなければ無くても構わない。
例えば11月はノベンバー、12月はディセンバー、では13月は?
ほらね。存在しないものには名前がなくていい。

これがどれぐらい恐ろしい話か分かるだろうか?
私の主張が正しければ「元々1年は10ヶ月だった」

という事になる。その方がキリ番だとも言える。
ところが、何かの拍子に1年が12ヶ月になってしまった。
ズバリ、地球の公転周期が大幅に変わった。
恐らくは以前よりも公転の軌道が大回りになったか
もしくは速度が以前よりも2割近く低下した。
もしかしたら両方かも?
いや、そこまでのインパクトがあれば

自転だって狂ったかもしれない。

2004年12月26日のスマトラ大地震で地球の自転速度が

100万分の2.68秒縮んだという話がある。→リンク

マグニチュード9の地震でやっと37万分の1秒だ。
自転が狂うのと公転が狂うのは恐らく全然計算が違うと思うが
2ヶ月のズレというのがどれだけ恐ろしいか少しは分かる。
阿鼻叫喚の地獄絵図だったに違いない。
サードインパクトクラスの天変地異だったのではないか。
さすがに一発でまとめてキちゃうと地球がもたない可能性がある。
それこそ地球が砕け散るかもしれない。
だから何度も何度も、何年か何十年か知らないが
その地獄だかサードインパクトが延々と続いたのではないか?


恐ろしい事に「カレンダーに二ヶ月名無しの月」があるのなら
サードインパクト以前に人類は

少なくともカレンダー発明レベルまでは
文明・文化を発展させていたはずだ。
例えば「暦の必要性」という所から考えて

農業ぐらいはやっていたはずだ。
つまり、このサードインパクトを実体験したニャンゲンがいた。
勿論サードインパクトで死んだニャンゲンも大量にいるはずだ。
しかし「カレンダーに二ヶ月名無しの月」があるという

所から考えて生き残ったニャンゲンもいたはずだ。

そいつは暁美ほむらか? 旧劇場版のシンジ君とアスカか?

地球の火山か地震にそこまでのエネルギーがあるのか?
そこまで爆発的なエネルギーがあるなら
なぜ人類は文化・文明をある程度発展させたりできたのか?
地球がそこまで危なっかしい星なら人類なんか

文明発展以前に絶滅しないのか?というと・・・
実はこれ、地球のエネルギーによるものではありません。
宇宙からの攻撃。

と言ってもエイリアンではない。

・・・一体何を言ってるんだ?と思った人は
イマヌエル=ヴェリコフスキーの「衝突する宇宙」を読むといい。
法政大学出版局 1951年初版刊。 2006年改装版刊。
(あー、アフィリエイト登録したかったなあ。

amazonが却下しやがるんだもんなあ。)

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。