カルト宗教の「偉大な」先人様は鋭いツッコミを
どう切り抜けたのか珍回答を見てみる。
「神は天地創造の前は何をしていたのか?」と聞かれて
アウグスティヌスは
「そういう質問をする人の為に地獄を作っていた」
と答えた。(アウグスティヌス「告白」11巻12章)
ルターも似た事を言っている。
「神はそのような無用の質問をする者たちのために
鞭をこしらえておられた」
ボンヘッファー『創造と堕落』ボンヘッファー選集9
新教出版社 p18
これがキリスト教の正解。質問には答えない。
質問そのものを否定する。
だから左目=クリスチャンカルト=反知性=皆殺し主義だ。
ちなみに非常に悲しいお知らせです。
聖書には天地創造以前についてもハッキリ書いてあります(笑)
「聖書こそ唯一絶対の権威」と大ボラふいた当の本人が
聖書の記載と矛盾した事を言い出すとか、何その胸熱クオリティは?
キミタチは聖書すら読んだ事がないバカの捏造ポエムを
今までありがたがって「アーメン、アーメン」言ってたと
いう事になるんだが。
創世記1章1節〜5節
はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、虚しく、闇が淵の表にあり、神の霊が水の表を覆っていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた。
神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。
夕となり、また朝となった。第一日である。
これが聖書の本文の1ページめだ。
地、淵、水、霊(風)、闇。牛くんの創造していないものが多すぎ。
キミタチの指導者は聖書をただの1ページすら読んでないらしいな。
「我は光なり」と自称するキリスト教的には闇が先に存在したのは
まずくはないのか?ましてカミサマが作ってもいないのに
闇が存在したらマズイと思うのだが。
参考:ヨハネ伝8章12節
イエスは、また人々に語ってこう言われた、
「私は世の光である。私に従って来る者は、
闇の内を歩くことがなく、命の光をもつであろう」
マタイ伝5章14節
あなたがた(キリストの信者ども)は、世の光である。
というよりも、「闇」は視覚を前提とするのではないか。
という事は光だって創造以前に元から存在したのではないか?
もし人間に耳や聴覚が無ければどんな大音量のスピーカーを
前にしてもうるさいとは思わないだろう。
逆に山奥にいったとしても「静かだなあ」とも思わないはずだ。
「静かだなあ」と言うからには聴覚がある。
聴覚があれば音が聞こえる。
「静か」が分かるなら同時に「うるさい」が分かるに違いない。
では「闇」が認識できるなら視覚がある。
視覚があるなら光が見える。
「闇」を認識できるのなら同時に「光」も・・・。
・・・本当にヤハウェは光を創造したのか?
元から光があったから「光あれ」だけで
いきなり出てきた訳ではないのか?天地創造に経歴詐称疑惑(笑)
とりあえずルターやアウグスティヌスの主張する内容は
聖書のどこを読んでも書いていない。
創世記1章だけの問題ではない。
神が地獄を作る場面は何書の何章何節だ?
神が鞭を作る場面は何書の何章何節だ?答えてみろ。
「聖書が唯一絶対の権威」という話はどうなった?
そう言ってる当の本人が聖書を無視か。さすがだ。
これだけ矛盾まみれ捏造まみれのウソ宗教なら
質問そのものを禁止するしかなかろう(笑)
「知」を否定するのは「善悪を知る木」の実を食べるなと言った
エデンの園以来の伝統芸だ。
例えば第1コリント8章。
偶像への供え物について答えると、
「私たちはみな知識を持っている」ことは、わかっている。
しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める。
もし人が、自分は何か知っていると思うなら、
その人は、知らなければならないほどの事すら、まだ知っていない。
しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのである。
・・・。意味不明。
とりあえずここでは「知性」は傲慢につながると批判している。
では、私からは「無知はカルトにつながる」と応えておこう。
知性→傲慢→悪という批判。それだけならまだ分からなくもない。
「知ってすらいない」お前らは、その傲慢や悪にすら劣るカスだけどな!
それにしても「俺=愛=偉い」という主張の根拠は何だ?
お前こそ傲慢じゃないのか?若しくはこれが噂のアスペかコミュ障か?
左目乙!反知性乙!盲信乙!カルト乙!
「知っている」と称する人は本当は何も知らない等言いがかりだ。
では、私からは
「愛ガーと言ってる自称・愛の宗教ほど、本当は愛のカケラも無い」
と回答しよう。 こっちは言いがかりではなくて事実だ。
少なくともバカ全開のお前らよりは聖書だって理解している件。
こんなマヌケ丸出しな珍文を読んで
愛ガーとかホルホルしだすキチガイどもがキリスト教徒だ。
例えばここ
しかし第1コリントの笑い所はここではない。このすぐ後だ。
では、私からは「無知はカルトにつながる」と応えておこう。
知性→傲慢→悪という批判。それだけならまだ分からなくもない。
「知ってすらいない」お前らは、その傲慢や悪にすら劣るカスだけどな!
それにしても「俺=愛=偉い」という主張の根拠は何だ?
お前こそ傲慢じゃないのか?若しくはこれが噂のアスペかコミュ障か?
左目乙!反知性乙!盲信乙!カルト乙!
「知っている」と称する人は本当は何も知らない等言いがかりだ。
では、私からは
「愛ガーと言ってる自称・愛の宗教ほど、本当は愛のカケラも無い」
と回答しよう。 こっちは言いがかりではなくて事実だ。
少なくともバカ全開のお前らよりは聖書だって理解している件。
こんなマヌケ丸出しな珍文を読んで
愛ガーとかホルホルしだすキチガイどもがキリスト教徒だ。
例えばここ
しかし第1コリントの笑い所はここではない。このすぐ後だ。
というのは、たとい神々といわれるものが、
あるいは天に、あるいは地にあるとしても、
そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、
おいw 他のカミサマの存在を認めたらダメだろう(笑)
お前らがキチガイみたいに叫び狂っていた
ヤハウェ様こそ唯一絶対の神ってのがウソだとバレるだろうが?
まあ、唯一と言いながら、三位一体とか
1なんだか3なんだか意味不明な事言い出す時点で
算数ドリルからやりなおせって話だが。
(私は3の方が正解だと思うけど)
一事が万事この調子だからキリスト教はカルトで原理主義だと私は言う。
マタイ伝13章、マルコ伝4章、ルカ伝8章に
種まきの喩え話が出てくる。
そこに種が「土の薄い石地」に落ちると生長できないというくだりがある。(私は3の方が正解だと思うけど)
一事が万事この調子だからキリスト教はカルトで原理主義だと私は言う。
マタイ伝13章、マルコ伝4章、ルカ伝8章に
種まきの喩え話が出てくる。
これが「頭での理解ばかり優先して、ハラから信ずる事ができない
知識偏重型人間」への批判だ。
論理的思考を批判して、「お前は信仰が薄い」と頭ごなしなのが
キリスト教だ。自分がバカなのを棚にあげて、
「むしろバカにこそ価値がある。さあ、あなたもご一緒に」
というミラクルな回答をするのがキリスト教だ。
カルト乙。洗脳乙。原理主義乙。バカ仕様乙。偏差値28乙。
バカはどうせ頭で考るだけ時間の無駄だ。
せいぜいキリスト教でも信じておけばバカにはお似合いだ。
私はお断りだけどな!
私からは「むしろキリスト教こそ悪魔教だ」という
ミラクルな回答を授けよう。
バカ信者はヨブ記でも読み直してこい。
どうせ理解できないだろうけど(笑)
悪魔の安っぽい挑発に乗って子供を殺すわ、病気にするわと
大暴れしたヤハウェ君と、
それでも「主が与え主が取り給う。主の御名はほむべきかな」と
名言を吐くヨブ。どっちが格上かよく考えてみればいい。
ヨブ記の後半でヤハウェは必要以上に
「俺はこれができる、あれもできる」といかに自分が
全能かアピールする。
そこまで何でもできるのならヨブの子供を殺さなくても
ヨブが100%の信仰を持っている事ぐらい分かっただろう?
何しろ全知全能なんだから。
今更知りませんでした、わかりませんでしたは許されない。
では、分かっててお前は子供を殺したのか?
確信犯の殺人犯がヤハウェか。
で、これが愛の宗教とか舐めてんのか?
ハッキリ言う。神様・ヤハウェは人間・ヨブに負けた。
しかも負けを自覚できずにズルズル負け続けるという大失態を犯した。
本当の意味で完膚なきまでに負けると、
負けたという自覚が持てない。
いや、むしろ実力の差が無いような錯覚を起こす。
ひどい時には寧ろ「本当は勝っていた」とか「次やれば勝てる」
とか真逆を言い出す。
ちょうどお釈迦様と孫悟空の対決と同じだ。
江戸時代の剣豪で言えば男谷精一郎。最近の例だとヒクソン。
ヒクソンに負けたプロレスラーが
「次やれば勝てる」とか「噂ほどではない」と言う。
絶望以上の実力差があるとそういうトンチンカンな事を
本気で語りだすバカが続出する。
1ピコグラムも理解できない異次元の強さ
↓
意味不明・理解不能
↓
悪い頭をフル回転させて唯一思いついた敗因は「偶然」
↓
次やれば勝つんじゃない?
↓
男谷orヒクソンは大したことがない・・・という論理。
逆だ。「だからこそ」、お前は負けた。
「だからこそ」、お前は永久に勝てない。
ヤハウェとヨブの戦いもこれと同じ。徹底的な完敗だからこそ、
ヤハウェは負けたのに気付くのがあそこまで遅れた。
そして遅すぎる負けの自覚。さすがのカミサマも顔真っ赤だろう。
だからこそ、あそこまでパニックを起こした。
(C.G.ユング著「ヨブへの答え」)
あの必死の言い訳タイム、俺様凄いアピールはパニックのせいだ。
完敗しただけでもひどすぎるのに、見苦しいまでのパニック。
大失態。
こんなやつが全知全能で唯一絶対の神様とかあり得ない。
そもそもヨブ記第1章からいきなり悪魔とヤハウェくんが
仲良くお話しているのは何なのか?
お前ら裏でつるんでやがったのか?
そんなものを頭カラッポにして信じないと怒られるとか
何の罰ゲームだ?
バカは元々頭がカラッポだからキリスト教向きでいいな(笑)
ヨブ記もそうだが「俺はこれができる」事と
「だから俺は偉い」は無関係だ。
できるの内容が「やらなくてもいい事」「やらない方がいい事」
だったらどうなる?仮に全宇宙を作ったのがヤハウェ君なら
悪魔や不正を創りだしたのもカミサマ自身という事になるのだが。
いや、むしろ、聖書を読むとカミサマ自らが
「ええ、オレサマが悪も作りましたけど、それが何か?」
と言ってるのではないか?と考えられる場面がある。
ウソだと思うのなら見てこい。イザヤ45-7だ。
わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつくり、
またわざわいを創造する。
わたしは主である、すべてこれらの事をなす者である。
ほう。「すべて」かい。じゃあ、悪魔もお前が作ったんだな?
だからこそヨブ記でも仲良く悪魔とお話していたのか?
それで「けしからん奴は地獄に落とす」のなら
まずはカミサマ自身が地獄に落ちろ。
このへんの議論はキリスト教界隈では神義論とか弁神論と言って
何百年もあーでもないこーでもないと無駄に長い議論が続いている。
単純な話だ。スタート地点がおかしい。根本が間違っている。
左目チームの分際で右目チームごっこするから意味不明になる。
創世記6章には、この世に不正が増えたので
人間を作った事を「悔いた」と書いてある。
創世記6章5節〜7節
主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、
いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
「私が創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。
人も獣も、這うものも、空の鳥までも。
私は、これらを造ったことを悔いる」と言われた。
待て。「人の」悪がはびこったのが原因だとして
なんでそこで鳥まで皆殺しにする?
グリーンピースあたりに電凸されるぞ?
お前がそうやって無計画な思いつきとヒステリーだけで
行動するから天地創造だって大失敗したのではないのか?
いや、お前が全知全能であるなら自分の天地創造の結果が
どうなるのかそれぐらい分からなかったのか?
予定が狂ったのか?随分ご立派な全知全能だな。
しかもノアの大洪水で裁きをくだして悪は滅びたはずなのに
手の平返しでハルマゲドンだの最後の審判だの言い出すのは矛盾だ。
お前の天地創造、お前の裁き、お前の審判が全部失敗している。
だからこうやってグダグダになるんだろう?
では、最後の審判とやらもまた大失敗するに決まっている。
「政治改革、政治改革」と能書きだけ垂れている国会議員と同レベル。
やってる事はせいぜい新しい利権・天下り先を作っているだけ。
こんなものを頭カラッポにして信じるとかおかしいだろ。
張本人は知らん顔して新しい利権でウマウマ。
で、なぜか知らないが巻き込まれた人間が右往左往。
東京電力でしょうか?いいえ、キリスト教。
最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。