2016年7月18日月曜日

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト5

とりま、実践編。手始めに「主の祈り」から。
キリスト教系列ではカトリックでもプロテスタントでも

主の祈りは定番だ。聖書の中でキリストが
「こういう祈り方をしている奴はダメだ」 と
いくつか批判をした後
「よい祈りとはこういうものだ」と提示をした。
だから「主の祈り」。
カトリックでは「主祷文」とも言うらしい。
ラテン語では出だしの二語をとってpater nosterと呼ぶ。

非常に有名なのでyoutubeでも沢山うpされている。
英語で「lord's prayer latin」と入れただけで大量ヒット。
これはローマ教皇ベネディクト16世
(今のフランシスコの先代)が唱える主の祈りラテン語版
これは音楽がついている版。今のフランシスコの時代。
歌い方の感じがGレコのスコード教の場面に似ている。
グレゴリオ聖歌は全般的にこういう感じの歌。
イスラムのアザーンとか仏教のお経などとは明らかに異質。
だからやっぱりスコード=カトリック。 
これは参考でイスラムのアザーン
アッラーアクバル!
おまけでダメリカ人のpuellaがアザーンを聞いた様子

先程の主の祈りの動画はさすがにバカチンだ。
両方共キッチリ、イタリア式の発音をしている。
たとえば8番目の単語。さんくてぃふぃちぇ・・・。
あるいは「天」のcaeloがちぇろ。

この主の祈りの出典はマタイ伝6章。
ルカ伝11章にも似た内容は出てくる。
では、ラテン語でいってみよう

pater noster qui in caelis es
sanctificetur nomen tuum
veniat regnum tuum
fiat voluntas tua
sicut in caelo et in terra
panem nostrum supersubstantialem
da nobis hodie
et dimitte nobis debita nostra
sicut et nos dimittimus debitoribus nostris
et ne nos inducas in temptationem
sed libera nos a malo
amen


日本語での主の祈り(プロテスタント系)は以下。

天にまします我らの父よ。
願わくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
御心(みこころ)の天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが許すごとく、
我らの罪をも許したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。
アーメン。

次に英語訳。
our father who art in heaven,
hallowed be thy name;
thy kingdom come;
thy will be done, on earth as it is in heaven.
give us this day our daily bread.
and forgive us our debts,
as we also have forgiven our debtors.
and lead us not into temptation;
but deliver us from evil.
for thine is the kingdom, the power, and the glory,
for ever and ever.
amen.

え?フランス語も? しょうがないなあ。
notre père qui es dans les cieux
que ton nom soit sanctifié
que ton règne vienne
que ta volonté soit faite
sur la terre comme au ciel
donne-nous aujourd'hui notre pain quotidien
remets-nous nos dettes
comme nous-mèemes avons remis
à nos débiteurs
et ne nous soumets pas à la tentation
mais delivre-nous du mauvais

え?ヘブライ語?BHS?そんなものは無い。

主の祈りはマタイ伝が出典。BHSに出てくるはずがない。
新約をヘブライで読んでもありがたみは薄い。
一応ヘブライ語で主の祈りは「テフィラットハアドン」
と呼ばれ、youtubeでも大量ヒットする。
だが、そんなものは後付けの翻訳版でしかない。
一応これは以前にも紹介した、
ユダ公がゆっくり発音してくれるヘブライ語版主の祈り

さて問題点の検証に入る。
問題点ひとつめ。写本によって内容が違う。
例えば今回の文法解説は江澤増雄著の
「教会ラテン語への招き」による。
しかしこの本に出ているラテン語と
私の持っているウルガタのラテン語が違う。
「神の言葉は神聖にして不可侵」とは一体何だったのかw


ラテン語でも複数の「主の祈り」がある問題は
このHP(リンク)でも少し書いてある。
nova vulgataというのは1979年に校訂された版の
ラテン語聖書らしい。参考リンク

私が上に書いた主の祈りは
私の持っているウルガタに書いてある内容。
「教会ラテン語への招き」とは少し違う。
私が手元のウルガタを優先した理由は、ひとつには
私の持っている版が結構古い書き方を残している点。
それから「教会ラテン語への招き」が文法的に
大失態をおかしているという点。
これがあまりにもバカすぎる大失態だった。
具体的にはsumの活用を間違えている。
英語のbe動詞の活用を間違えて許されるのは中1までだ!
ここまでのバカなら、主の祈り本文だって
何かやらかしているかもしれないと思ったからだ。 
イエズス会の神父(田淵文男)のチェックを受けているのに
このザマだ。まったく油断も隙もあったもんじゃない。
しかも、アホの田淵とは無関係な問題もある。
主の祈りは一般に聖書には全く書いていない内容が
付け足しされている。日本語訳で
「国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。」
と訳されている最後の一文。
英語ではfor thine is the kingdom, the power,

and the glory, for ever and ever.という一文。
こんなものは聖書には元々無い。

上で紹介したラテン語版の動画の中にも出てこない。
もしラテン語で言うとしたら
quia tuum est regnum et potestas et gloria
in saecula [aeterna] となるようだ

ウチにある聖書で言うと
日本聖書協会の口語訳
American Bible Societyのrevised standard version
フランス語版のla bible de jérusalem
ギリシア語(ネストレテキスト)のinterlinear版。

ラテン語のbiblia sacra vulgata editio quinta
これらの聖書にはこの一文は存在しない。
逆にKJV=King James Versionには入っている

上で紹介したヘブライ語のテフィラットハアドンでも
この「聖書に無い一文」に相当する内容は出てくる。
その時点でやはりこのヘブライ語版は後付け。
動画の中でユダ公はイエスはヘブライ語で話した云々と
主張しているがそんなものはただの仮説。
そもそも主の祈りの出典はマタイ伝6章。
有名な山上の垂訓の場面の中の一節だ。
だから大勢の群衆に話しかけている以上
共通語=コイネーを話した可能性の方が高い。
・・・ま、「イエスが実在したのなら」という仮定での話だが(笑

新約はギリシア語(コイネー)で書かれた。
その意味では私の持っている聖書の中では
ギリシア語のinterlinear版が一番原本に近い。
ところで私が持っているギリシア語版は
石版でもなければ羊皮紙でもない。
ページをめくると1973年と書いてあるww
私が持っている版がどの程度オリジナルに近いのか
軽く見てみた所the greek is based on nestle text
と書いてある。
つまりこれはドイツで20世紀初頭に編集された
「ネストレ=アーラント」に違いない。

参考リンク(wiki)
正式名はnovum testamentum graece
のーゔむてすためんとぅむぐらえけ 
通称ネストレアーラント。
現存する新約聖書の中では一番オリジナルに近いとされる。
ドイツの聖書学者エベルハルト=ネストレが校訂し、
同じくドイツの聖書学者クルト=アーラントが再校訂した。

1913年初版発行。新共同訳や新改訳の元ネタ本でもある。

まあ、どこぞの洞窟から大量の羊皮紙ガーとか

考古学的な事件でも起きないかぎり
一応、このネストレアーラントが暫定チャンピオン。
ある意味繰り上げ当選ではあるが、
ギリシア語の聖書としてはナンバーワン。

では、そのネストレアーラントにも出てこない
問題の一文は、誰が、いつ、なぜ、付けたのか
これを追いかけるのもまた聖書研究の楽しみ。
ん?LBRP?アテー?マルクト?ヴェ・・・げふんげふん
いやいや、アテクシはそんなけしからん事は言ってませんw

では、おまちかね、ラテン語の文法的な解釈をはじめよう。
表が長くなるから一度説明した単語については
同じ説明を繰り返しはしない。
時制は現在形しか出てこないので省略。
単語意味文法的解説
pater父親男性名詞 単数 呼格
noster我らの形容詞 男性 単数 呼格
qui関係代名詞 男性 単数 主格
essum=be動詞動詞 能動態 直説法 3人称単数
in〜に前置詞 奪格を要求する
caelis中性名詞 複数 奪格
sanctificetur聖とされるように動詞 受動態 接続法 3人称単数
nomen名前が中性名詞 単数 主格
tuumあなたの形容詞 中性 単数 主格
veniat来ますように動詞 能動態 接続法 3人称単数
regnum王国が 支配が中性名詞 単数 主格
fiatなりますように動詞 能動態 接続法 3人称単数
voluntas意志が女性名詞 単数 主格
tuaあなたの形容詞 女性 単数 主格
sicut〜のごとく副詞
et〜と and接続詞
terra女性名詞 単数 奪格
panemパンを男性名詞 単数 対格
nostrum我らの形容詞 単数 対格
supersubstantialem日々の形容詞 単数 対格
da与えよ能動態 命令法 2人称単数
nobis我らに代名詞 複数 与格
hodie今日副詞
dimitte許せ動詞 能動態 命令法 2人称単数
debita負債を中性名詞 複数 対格
nostra我らの形容詞 中性 対格
nos我らが代名詞 1人称複数 主格
dimittimus許す直説法 能動態 1人称複数
debitoribus債務者を男性名詞 複数 与格
nostris我らの男性形 複数 与格
ne〜ない副詞(否定)
nos我らを代名詞 複数 対格
inducas導く能動態 接続法 現在 2人称単数
temptationem試練女性名詞 単数 対格
sedしかし接続詞
libera解き放て動詞 能動態 命令法 現在 2人称単数
nos我らを代名詞 1人称複数 対格
a〜から前置詞
malo中性名詞 単数 奪格

こういう表を見てドキがムネムネするようでないと
立派な変態にはなれない。

さて、いくつか検証しよう。
まず、神はなぜ父親なのだろうか?
フェミニズム的にはバッシングされる箇所だ。
最近はフェミニスト神学というものがあり
「父」ではなく「両親」と訳さねばならないと
主張する人がいるらしい。
(「教会ラテン語への招き」p68)

おいwww また神様の数が増えちゃう悪寒w
「長崎版どちりなきりしたん」岩波文庫1991年では
「天にまします我らが御おや」と訳されているらしい。
(「教会ラテン語への招き」p68) 
フェミニストのババアが聞けば泣いて喜びそうな話だ。

そのカミサマがいる「天」が実は複数形である。
「教会ラテン語への招き」では
「すべての天」を意味し例外の無い事を複数形で表す
との説明だ。何が言いたいのかよくわからない。
天は天だろう?例外もクソもあるか。
いちいち複数形だの例外だの意味不明。

とりあえず創世記1章1節では天が単数形だ。
私の持っているウルガタでは
in principio creavit deus caelum et terram
日本語では
はじめに神は天と地とを創造された
このcaelumは、天=caelumの単数形対格
(主格と対格が同じ) 複数形対格だとcaela

だから天を単数形で使ってはいけないというルールは無い。
神が作った天以外にもまだ何かあったのだろうか・・・?
ヤハウェくんは本当にカミサマなんだろうか・・・?

とりあえずの私の解釈は下の画像参照。
天文学とか占星術とか西洋魔術とか調べていると
こういう画像に行き当たる事がある。
1世紀のローマにクラウディオス=プトレマイオス
という人がいた。この人が天動説の視点から宇宙を
こういうミルフィーユ的、タマネギ的、構造と考えた。
宇宙の中心に地球があり、
その周りを複数の「天」が囲むという図式。
例えばダンテの「神曲・天国篇」も
このプトレマイオス的宇宙論に基づいている。
月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、木星天、

土星天、恒星天、原動天。至高天。

ん?トワサンガ天、ヘルメス財団天、ビーナスグローブ天、
カシーバミコシ=ソレイユ天・・・。ちょっと違う?

ウルガタの翻訳がされたのは4世紀末から5世紀初頭。
プトレマイオス的宇宙論に基づいていても不思議ではない。
こういう当時の宇宙観を前提にして考えると
天が複数なのも納得できるのではないか?

こういうプトレマイオス的世界観はGレコにも出てきた。
例えばGレコ1話で姫様が
「世界は四角くないんだから!」と叫んでいた。
ついったーでも、この台詞を不思議がっている人、
レクテンがどうとかコジツケている人がいる。

参考リンク1
Gレコ一話の姫様の
「世界は!四角くないんだから!!」ってセリフ、
三周目見てもよく意味がわかんないの
ほんとどうしようもねぇな

参考リンク2

Gレコを見始めたぼく「…」
「世界は、四角くないんだから!」
ぼく「????」

参考リンク3

アイーダ姫さまがGレコ冒頭で
「地球は四角くないんだからー!」って言ってたのって
あれレクテンの顔が四角い→
レクテンはキャピタルの力の表れ→
キャピタルの支配が世界に及んでいる→
世界はキャピタルのものじゃない って意味だったのに

残念。全然違う。
あれは古典的なキリスト教の宇宙観を前提に解釈すべきと、
私は指摘した。
スコード教=キリスト教=天動説で地球は四角い板状
という思想に対する反抗宣言だ。だから海賊でフリメ。

何もガンダムの世界だけの話ではない。
現実世界、それも、21世紀になった今日においてすら
いまだに往生際の悪いバカはいる。
NASAはウソをついてるの何の
グチグチ言ってる原理主義者はいる。スコード乙!

NASAがウソをついてるのは本当だが
あんたもウソついてんじゃんかよ!
こういうバカは痛い所を突かれると反論ができない。
そりゃそうだ。ウソなんだもん(爆
で、言い出すのはお決まりの
これはサタンの教えだ。
サタンは巧妙だから耳を貸してはいけない

またそれか。どこのウィルミット=ゼナムだよ?
お前は天体観測を禁止したアグテックのタブーか?
何年そのワンパターンで切り抜けるつもり?
お前ぐらい頭が悪ければ毎度毎度それで引っかかるだろうが
ガチKGBには、そんな下等な屁理屈は通用しない。 
世界は!四角くないんだからー!

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」

みかん、いや、未完。

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