2016年7月19日火曜日

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト7

さあ実践編第3弾。今日はルカ伝8章52節
まずはbiblia sacra vulgataから。

flebant autem omnes. et plangebant illam.
at ille dixit: nolite flere:
non est mortua, sed dormit


(口語訳)
人々はみな、娘のために泣き悲しんでいた。
イエスは言われた、「泣くな、

娘は死んだのではない。眠っているだけである」。

(新共同訳)
人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。
そこで、イエスは言われた。「泣くな。

死んだのではない。眠っているのだ。」

(ABS)
and all were weeping and bewailing her;
but he said, "do not weep;

for she is not dead but sleeping."

(KJV)
and all wept, and bewailed her:
but he said, weep not; she is not dead, but sleepeth.

(la bible de jérusalem)
tous pleuraient et se frappaient la poitrine
à cause d'elle. mais il dit:
«ne pleurez pas, elle n'est pas morte, mais elle dort.»

(nestle text)
ἔκλαιον δὲ πάντες καὶ ἐκόπτοντο αὐτήν.
ὁ δὲ εἶπεν μὴ κλαίετε; οὐκ ἀπέθανεν,
ἀλλὰ καθεύδει.


つまりこういうことだ

ったく、おちおち寝てもいらんねえぜ

では文法的な解釈。
単語意味原型文法的説明
flebant泣いていたfleo動 半 3複
autemすると
omnes全員がomnis形 主 複 男女
plangebant嘆いていたplango動 半 3複
illamあの女のために
代 女 対 単
atしかし
illeあの男は
代 男 主 単
dixit言ったdico動 完 3単
noliteな(禁止命令)nolite動 命 2複
flere泣くこと
non〜ない(否定)
estsum=be動詞
動 3単
mortua死んでいるmortuus形 女 主 単
sedしかし
dormit眠っているdormio動 3単

では検証。
今回は「原型」というものを少し書いてみた。
ラテン語の動詞や形容詞に原型は無い。
例えば辞書の見出しに出てくるのは
「直説法 能動態 現在 1人称単数」だ。
そういう特定の時制や特定の人称に属さない型はない。
英語のbe動詞の"be"のような孤立した形は無い。
だから原型を書く事にあまり意味が感じられない。
まあ、ラテン語は私自身まだ試行錯誤中なので
こういう書き方を試してみただけ。

2番めの単語、autemの位置に注目。
普通英語ではbutやandは文頭。
しかしラテン語では接続詞が2番めに来る事がよくある。
何か思い出さないか?
私はやすきよ漫才を思い出した。
「怒るでしかし!」
ラテン語は、やすきよ漫才やでしかし! 
そう考えると文法の勉強も楽しくなるんやでしかし!

また、omnesに注目。これは本来形容詞。
しかしここでは名詞扱いになっている。
英語でも"the"をつければ形容詞が「〜な人」という意味になる。
それと似ている。

というか、ここまでの記事を注意深く読んで来た人なら
気づいているかもしれない。

ラテン語には冠詞が無い。
不定冠詞も定冠詞も部分冠詞も無い。
まあ、ドイツ語みたいに冠詞込みで活用されても
ハタ迷惑なだけなので、無ければ無いでいいと思う。
冠詞が無いせいで「theプラス形容詞は名詞」というルールが
「形容詞は名詞」という事になる。

またillamやilleに注目。これは指示代名詞。
日本語で言えば「あれ」に相当する。
但し指示代名詞も活用で男性形や女性形になる。格もある。
そこで3人称代名詞の代わりに使われる。
英語で言えばhe said...と言わずにthat one said...
みたいな表現。これがラテン語の通常営業。
実はラテン語には3人称の代名詞が無い。
1人称2人称代名詞はあるのに3人称が無い。
そのくせ、動詞には3人称があるという謎。
要は動詞の活用がギリシア語からの借り物だと思われる。
だから語尾もやたらとギリシア語的。
例えば現在形 1人称単数の語尾が「オー」な事。
be動詞に相当するのは
ラテン語はsum(すむ) ギリシア語はεἰμι(えいみー)
全然別物のように見えて実は活用させると似ている。
例えば3人称単数が
ラテン語でest ギリシア語でἐστιν(=estin)
2人称複数が
ラテン語でestis ギリシア語でἐστε(=este)

あるいは過去形が2つある事。
その2つとは半過去と現在完了な事。
名詞が男性名詞、女性名詞、中性名詞の3つに別れる事。
「私」はラテン語で「エゴー」ギリシア語でも「エゴー」
母親はラテン語で「マーテル」、ギリシア語で「メーテル」
父親はラテン語で「パテル」、ギリシア語で「パテラス」
数字の2はラテン語で「デュオ」ギリシア語も「デュオ」
数字の3はラテン語で「トレス」ギリシア語は「トリア」
しかもこの「トレス」を活用すると中性形が「トリア」
挙げていけばキリが無い。

このへんを根拠に私はラテン語はギリシア語の
劣化コピーだと主張する。

これは何も私一人が主張している内容ではない。
例えば「ラテン語とギリシア語」という本がある。
風間喜代三著 1998年三省堂刊
この本のp23に以下の記述がある。
この2つの言語(ギリシア語とラテン語)
文法の組織や語彙を比較してみると、
かなり類似しているところがある。
また文化的にあらゆる面でギリシアを範としたローマ人にとって
言葉の上でもどこかにつながりを持ちたいという
気持ちもあったのだろう
(中略)
ローマ時代にもラテン語はギリシア語の一方言である
という見解が口にされ
近代にいたってもこの2つの言語のとくに密接な関係を
仮定しようという説が一部に支持されてきた。
著者の風間は東大名誉教授で専攻は比較言語学。
自称言語学者のアイデルバーグとは発言の重みが違う。

以前も書いたはずだ。
紀元前のイタリア半島にはギリシアの植民地があった。
ローマの上層階級はギリシア=先進国に憧れていた。
だから上層階級はギリシア語を話していた。
ラテン語は庶民語=下等と考えられていた。
私のような貴族階級が、下層民の言語を勉強して
ブログ記事にするなど本来あり得ない事だ。
ラテン語クラスタのゴイムども!ひれ伏せ!
えごーえいみーほばしれうすとぅーこすむー
(訳→我は世界皇帝なり)

さて、今回のラテン語の例文は私の持っているウルガタと
私が読んでいる教科書で微妙に内容が異なる。
上に書いたラテン語は私のウルガタの内容。
私の教科書に書いてある内容だと
flebant autem omnes. et plangebant illam.
at ille dixit: nolite flere:
non est mortua
puella , sed dormit 

少女=puellaが追記されている。
本家本元ネストレテキストを見ても52節には「少女」は無い。
だから私のウルガタの方が正確。
但し意味的に何か変わっているとは思えない。 

puellaが出てきたので以前予告した内容を書く。
まどマギのサブタイトルの検証だ。
ラテン語ペラペラの私よりも先に
この問題を指摘している人は複数いる。例えばここ参照。
まどマギには謎のサブタイトルがあった。
曰く、puella magi madoka magica
これが文法的におかしい。puella magiとは一体何なのか?
日本語タイトルと併記されている事から考えて
「魔法少女」と言いたいという可能性はかなり高い。
しかしそれならpuella magaが正解と思われる。

先ほどのリンク先ではmagusが名詞だと仮定した場合と
形容詞だと仮定した場合の活用表が出ている。
私の家のラテン語辞書には形容詞しか出ていない。
だから形容詞の場合のみ紹介。
単男単女単中複男複女複中
magusmagamagummagimagaemaga
magimagaemagimagorummagorummagorum
magomagaemagomagismagismagis
magummagammagummagosmagasmaga
magomagamagomagismagismagis
magemagamagummagimagaemaga
magiは複数箇所に出てくる。しかし女性形には出てこない。
先程のリンク先では名詞の場合についても検証しているが
やはりmagiが出てくるのは男性形の場合のみ。
更に、辞書の見出し語に書くのは主格というのが常識。
主格が原型的な代表選手的な役割を務める。
こういうサブタイトルなど含めて主格の担当分野だ。
puellaが主格な事からもこれは確定。

ついでだ。puellaの活用表を載せておく。
単数複数
主格=呼格puellapuellae
属格puellaepuellarum
与格puellaepuellis
対格puellampuellas
奪格puellapuellis
puellaがpuellaという形なのは単数の主格、呼格、奪格。
格の役割分担から考えてやはりpuellaは主格に違いない。
puellaが奪格でしかもmagiの被修飾語だとすると
更に話がこじれる。
奪格ではいかなる性でも数でも
magiという形が存在しないからだ。
矛盾を抱えたままとはいえ、
magiという形が存在するのは主格。(と呼格)

puellaが女性名詞なのに男性形の形容詞に修飾される・・・
これって何ていう「男の娘?」 (゚A゚;)ゴクリ...
ほむらが聞いたら鼻血を出して喜びそうな話だ。

別の可能性としては
「puellaが被修飾語でmagiがその修飾語」ではない
という解釈もある。
magiは何か別のものを修飾しているという解釈だ。
ではmagiが修飾するのは?madokaか?
確かに外来語等で格変化をしない名詞もある。
だからmadokaはきっと主格だと決めつけてみる。
よし。すると「少女と、魔法使いのまどか君」・・・?
やっぱり暁美ほむらの鼻血は止まりそうにない。
ついでに最後の謎の単語=magica は何なんだろう?

という事でこのサブタイトルは
実に後味の悪い中途半端なラテン語だと判明した。
いや、そもそもラテン語なのか?
少なくとも日本語、英語、フランス語、ギリシア語、
ヘブライ語には見えない。

まどかは男の娘だった・・・。しかも複数疑惑。
それは平行世界のまどかなんだろうか。
ええなあ〜、ほんまええなあ〜
そういう同人誌、探せばどこかに無いんだろうか?
軽くぐぐってみたら魔法少年まどかマギカという
二次創作はあるようだ。

ふーむ。この中途半端感は何だろう?
アニメ製作者がバカなだけ?
もしかして言霊的、ステマ的に
「マギ」という単語を推したいのだろうか?
だからまどマギもタイトルに「マギカ」なんて
謎の単語が出てくる?
「魔法少女まどか」というタイトルでも意味は通じる。
なぜ「魔法少女まどかマギカ」なんだろう?
ステマ?洗脳?布教?
探せばマギという単語はちょいちょい出てくる。

「魔法先生ネギま」の主人公、ネギ・スプリングフィールドは
「マギステル・マギ」を目指していた。
(え?ネギ?・・・禰宜?)
「マギ」というタイトルのアニメもあった。
エヴァンゲリオンにはマギシステムが出てきた。

いや、エヴァもよく考えればおかしい。
マギは複数形なのだからメルキオール等単品で出てきた時は
マグス・メルキオールというのが正しい。
マギカスパー、マギメルキオール、マギバルタザール。
うーむ。少なくともマギシステムは6台構成なんだろうか。
そういえば「松代のマギ2号」というものが
ヤシマ作戦の時に出てきた。
(新劇場版の序でネルフ本部ごとの自爆攻撃を提案)
それから旧劇場版のairでもハッキング攻撃の時に
マギ2号は話題に出ている。
もしかして2号込みで話をするからマギって言うのか?

もっと分かりやすい例だとエヴァでは
「サードチルドレン」と言っていた。
childrenが複数形なのは誰でも分かるだろう。
シンジ1人でもチルドレンという謎。
さすがに庵野もチルドレンぐらいは気付いていたはずだ。
意図的に複数形にしたのだろうか?音的に気に入った?
サードチルドレン・・・サードチャイルド・・・。
面倒臭かっただけ?
ちょっとこのへんはまだ考え中。

最後はお約束のひと言をオナシャス。
「黒幕はキリスト教徒!」
みかん、いや、未完。

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